第23話「神降ろしと人面魚」

道摩が公園に着くと慧春尼が先に着いており、市川警部補と待っていた。

挨拶もそこそこに、道摩が慧春尼に尋ねる。

「今日は何か策が有るのかい?」

「いいえ。前回と同じく毘羯羅大将(びからたいしょう)で行きましょう。道摩さんの法力も上がって、シンクロ率も高くなっておりますし」

「知っていたのか?俺の法力が上がっていると」

「勿論です。ご自身が思っていらっしゃる以上に、この数日でレベルアップされてますよ」

「何か今回の件と関りが有るのか?」

「私には分かりませんが、神降ろしの効果は有るかもしれませんね」

「本当に知らないのか?」

慧春尼は悪戯ぽっく笑って頷いた。

遠巻きに見ている警備に当たっている警官達が、羨望と嫉妬の眼を道摩に向けている。

慧春尼には、飛び抜けた美しさと、尋常ではない魔性と言ってもよい色気が有る。

慧春尼に出会った男達はほぼ全て、出会った瞬間から彼女の虜にされる。

しかも、慧春尼には全くその気が無いのにである。

慧春尼が高野山に居る事は、世の中の男性と女性にとって幸いで有るとも言えた。

もし、普通に街中に慧春尼が居れば、歩く恋愛トラブルメーカーと化していただろう。

だが不思議と道摩は、慧春尼に女性としての魅力を感じていなかった。

道摩も慧春尼は美しいとは思うが、恋愛の対象や性的な対象として見る事がなかった。

道摩は慧春尼が嫌いではない。

好き嫌いで言えば好きでは有る。

だが、そこには性的な意味を全く含まない。

女性の友人に抱く感情ともまた違う様な気がする。

それが何なのか、道摩自身にも計りかねていた。

「さあ、道摩さん。行きましょう」

慧春尼に声を掛けられ、道摩は考えを打ち消した。

道摩は警官達の嫉妬の眼を背中にたっぷりと浴びながら、公園に入って行った。


道摩は人面魚が出現した現場に向かう道すがら、一言も発さずに黙々と歩いていた。

慧春尼も同様に、黙って歩いていた。

道摩は歩きながら考えていた。

10メートルを超す巨大魚と、三鈷杵でどう闘うか。

は、道摩の身体能力と法力を高めてくれる。

しかし、相手は水の中である。

池の水深は1.5メートル程だが、そこに入っていくのでは流石に分が悪い。

「道摩さん

慧春尼が道摩の考えを見透かしたかの様に言った。

―受け身でいろってことか。

確かに相手も道摩を狙うならば、水中から出なければならない。

丁度、人面魚が出た池に着いた。

左右に大きな池が有り、池と池の間には横幅が5メートル、縦に30メートルの舗装された道が有る。

道の先に神父の死体が懺悔を乞うような形で、座っているのが見える。

道摩は池の間に有る道に入口に立つと。

「 オン・ビカラ・ソワカ急急如律令 オン・ビカラ・ソワカ急急如律令」

呼吸を整え、毘羯羅大将(びからたいしょう)の真言を唱えた。

チャクラの高まりを感じる。

次第に五感が鋭くなっていく。

公園に有る樹々のざわめきや、葉のこすれる音、自分の足下に有る砂利の僅かな砂の感触、視界に入る全ての動き。

これらが手に取る様に道摩には分かった。

それらがどう次に変化してゆくのかも。

そしてその知覚と言うべき感覚は更に広がりを見せてゆく。

公園内に止まらずに、その範囲が広がっていくが、道摩は意識的にそれをコントロールした。

意識が広がり過ぎると、自我を保てなくなるからだ。

広がり過ぎる意識はやがて自我との境界線が無くなり、道摩という個人が消えてしまう。

道摩は、自然体で歩きだした。

右手には三鈷杵を持ってはいるが、その手は自然に下げている。

道摩が2メートル程進んだ時だった。

左手の池の水面に変化が有った。

大きな波紋が出た。

道摩は直接見てはいないが、感じていた。

構わずに道摩は歩を進める。

次第に池の波紋が大きく、現れるスピードも速くなる。

道摩が道の半分程に達した時だった、

ドンッ!

大きな爆発音と共に、左手の池から陽光に煌めく金色の10メートルを優に超える巨大な鯉が、水飛沫を上げながら道摩目掛けて襲い掛かって来た。

道摩はそのを見た。

口の中に沢山の鋭い歯が生えた、若い男の顔を。

死んだ魚の様な目をした、無表情なその顔を。

道摩にはそれらがスローモーションを見るかの様に見えていた。

大きな口を開けて道摩を食い千切ろうとするを、

寸前で道摩は、一歩下がってやり過ごした。

ガチン!歯がかみ合う大きな音を立て、何もない空間を人面魚は噛み取っていく。

そのまま人面魚は、反対側の池に大きな水柱を立てて着水する。

―来な!

そう道摩が念じた瞬間、人面魚が先程より数段早い凄まじいスピードで道摩の頭目掛けて襲い掛かってきた。

道摩はそれを上半身を反らせて躱し、人面魚の下から三鈷杵を突き上げた。

人面魚の腹の部分が裂けていくように見えた。

反対側の池に着水する前に人面魚は消えていた。

道摩はそれを見届けると踵を返し池を後にした。

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