第20話「黒い服の女その2対決道摩」

道摩と慧春尼は真夏の太陽が照り付ける中、黒い服の女が出現した

広場へと向かった。

道摩は道すがら己の法力がまた一段、底上げされているのを感じていた。

慧春尼にそれを告げるべきか否か迷ったが、結局告げるのは止めた。

法力の判定機が有るわけでは無いし、告げる様な事柄でもないと思ったからだ。

口裂け女が出た所を通り過ぎ、広場に着くと横から奥に広がる草むらに二人は歩を進めた。

夏の陽射しの元、雑草も強い生命力を見せて生い茂っていた。

しかし、道摩と慧春尼は物ともせずにその中を突き進む。

そのまま背の高い雑草を掻き分けて進むと、急にぽっかりと雑草の少ない開けた所に出た。

道摩と慧春尼の10メートル程先に、大きな桜の樹が立っている。

二人が桜の樹に数メートル程近づいた時だった、

ザッ!

という音と共に、桜の樹の上から降って来た。

ぼんやりとした黒い影の様であった。

その影は、道摩には首をロープで吊った黒い服を着た女の様に見えた。

道摩がそう思った瞬間に、急激ににその影は体裁を整えしかし、女で有る事しか分からない。

服装も、はっきりとは分からない。

黒い服であるという事が分かるだけだ。

髪型や髪の長さも、瞬時に変わって見える。

道摩が見ている内に、ロープで吊られた女の体が揺れ始めた。

前後左右に始めは小さく、そして揺れる度に女の姿は形を変えた。

痩せている様に見えたかと思えば、肉付きの良い体型になったり、

セミロングだった髪型が、急にショートボブになったりした。

―なんだこれは?

道摩がそう思った瞬間、道摩と慧春尼の足下に古びた無数のロープが襲い掛かってきた。

「 オン・ビカラ・ソワカ急急如律令 オン・ビカラ・ソワカ急急如律令」

毘羯羅大将びからたいしょうの真言を道摩が唱える。

慧春尼も、小さく「佛説魔訶波羅蜜多心経。観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五オン皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空・・」

般若心経を唱える。

ロープは二人の足下に来ては、何か見えないものに弾かれたかのように退き、

また二人の足下に襲い掛かってくる。

道摩は漲る力を感じていた。

いつもより数段上の力を。

ロープのが襲い掛かってくるのを飛び越えて、一気に桜の樹目掛けて突進する。何本かのロープに掴まりかけたが、一瞬で手に持った三鈷杵で切り裂き、あっという間に桜の樹に到達した。

いつの間にか揺れていたはずの女の動きが止まっていた。

下を向いていた女の顔が、ゆっくりと持ち上がる。

道摩はその顔を見た。

だが、

無数のロープが一気に道摩に襲い掛かって来た!

道摩は無言のまま凄まじい速さで三鈷杵を振るい、ロープを薙ぎ払い女の胸の辺りに三鈷杵を突き刺した。

すると女は三鈷杵を刺された辺りから、波紋が広がっていくかの様に消えていった。

それに合わせたかの様に無数のロープも消えていた。

道摩は、神降ろしの術を解いた。

前回の様な疲労感は無かった。

「お見事」

後ろから慧春尼が声を掛けた。

道摩は頷き、慧春尼に三鈷杵を返そうとした。

慧春尼は受け取らずに首を振って言った。

「その三鈷杵は、道摩さんがそのままお持ちになっていて下さい」

「いいのか?」

「ええ。また使っていただくことになりますし。差し上げます」

道摩と慧春尼の二人は、公園の入口に戻った。

公園の入り口では、市川警部補が待っていた。

二人を見つけると、手を振りながら近付いていった。

「また片づけてくれたのかい?」

「ああ」

「順調だな。今日はどこを?」

「デカい桜の樹の有る所さ」

「そうか。少年の首吊りの所か」

「ああ。黒い服の女が桜の樹から降ってきたよ」

道摩の話を聞いた市川警部補は、目を剥いて絶句した。

「明日、人面魚さんを退治します」

慧春尼がそう告げると、いつの間にか道摩がその場を離れ、後ろを向いたまま手を振って帰って行った。

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