第4話「インフルエンサー」
匿名掲示板
―あの公園また死人が出たって。
―マジか。
―マジ。自殺っぽいけどね。
―ポイ?って?
―ポイってのは金魚すくいする時に使うやつだよ。
―草。そのポイじゃねーし。
―首吊りだからだよ。
―じゃ自殺一択じゃね?
―動機とか遺書がなくて死因も不明なんだとさ。
―へえ~。
―話し変わるけど、赤マントの男って知ってる?
―知らん。
―何それ?
―話し変わりすぎw
―赤いマント着けて、タキシードで顔にも仮面付けてるんだよ。
―タキシード仮面様じゃんw
―確かにw
―軍服で、マントの裏地が赤ってのもある。
―子供暴行して殺すんだよ。
―サイコパスw
高野恵美は夜の県立公園に車で来ていた。
慶の死体が発見された5日後の事だった。
恵美は、エミチャンネルという名前で動画投稿サイトでの番組登録をしていた。
いわゆる、何々を実際にやってみたというような、
実験や、体当たりレポートのようなことを自ら行い投稿している。
心霊スポットとよばれる様な所へも何度か自ら足を運び、動画撮影を行っていた。
ものによっては、数十万回の再生回数を記録しており、
ある程度の広告収入を得る事が出来ていた。
ただし今までの動画の撮影では、特にこれといった怪異が撮影されたことはなく、
その場所そのものの不気味さと、心霊スポットとはいえ何もないんだいう証明と、
若くて、見栄えの良い女の子が一人で撮影を敢行するという部分が、
支持されているような感じであった。
恵美本人もその辺りは自覚していた。
衣装なども出来るだけ露出の高いものにし、メイクも作りこんで臨んでいる。
今日の服装も、ノースリーブのニットに、デニムのショートパンツであった。
恵美は、撮影は自分でハンディカメラを回し編集も一人で行っていた。
同行者もなしで一人で全てを行う。
余計な経費をかけたくはない。
その一心であった。
今回も一人で行うつもりで来ていた。
公園の入口に着くと、恵美は駐車場に車を停めた。
何となく今まで感じた事のない雰囲気を感じていた。
今まで撮影した、心霊スポットと呼ばれる場所や廃墟などは、
過去数十年前の噂が中心となっていた。
今回は、リアルタイムで警察沙汰になっている。
その違いが雰囲気に出ているのかと思った。
警察官が殺された上に、中学生の不審死。
ひと月と経たずに、二人もの人間が同じ公園で死亡。
ネットでの掲示板では、都市伝説に出てくる者達の仕業であるかのように、
書き込みがなされている。
恵美はこの公園の情報を知った時、
―オイシイ。
こんなオイシイ物件は滅多にないそう思った。
いつも悩まされるのはネタであった。
廃墟などは、廃墟マニアがすでにおり撮影もされているケースが多い。
また元の持ち主への許可が必要で、色々と面倒でもあった。
その点、県立公園ならば一人で噂の公園を自撮りを交えて撮影するのに問題がないように思えた。
恵美はリアルタイムでの実況中継にしようかとも考えていたが、
公園がかなりの大きさであることを知り、録画が良いと判断しなおした。
最悪の場合、何も出ないのに一人で暗い公園の画を延々と垂れ流すのでは流石に間が持たない。
事件現場は報道でおおよそ把握している。
その二つの現場は後回しにするつもりであった。
最初に回ってみてそこに何もないとなれば、他の場所で何かに遭遇するというのも考えにくい。
編集もある程度公園の中を探索しつつ、最後に問題が有った現場を回った方が、
臨場感が出て良いものが出来る気がした。
恵美は背中の小さなリュックから、ハンディカメラを取り出した。
電源を入れ、バッテリーの確認をする。
そのまま自分の方へカメラのレンズを向け、カメラに向かって話し出した。
「エミチャンネルをご覧になっていただいている皆さんこんばんは。エミです。今日はですね、最近最も噂になっている、怪奇スポットのK県に有ります、K県立公園に来ております。殺人事件の被害者が、警察官で、犯人像がなんとあの都市伝説で有名な口裂け女そっくり。そしてつい先日起きました、中学生の不審死事件。
首吊り自殺に見えるのに外傷もなく、検死の結果死因も不明で、いまだに事件か事故なのか、はたまた自殺なのか判断が警察にもついていないという事件が起きました。こちらの公園では、さ・ら・に人面犬や赤マントの男等の目撃情報が有るんですね。令和の時代に現れた、昭和の都市伝説達。果たして事件との関りは?また都市伝説に遭遇する事が出来るのでしょうか?私エミが、体当たりレポー
トをしていきたいと思います。という事で、早速公園内にレッツゴー」
恵美は一旦そこでカメラを止めて、駐車場に停めた車の中にリュックを置き、カメラの予備のバッテリーだけをウェストポーチに入れて、ウェストポーチを腰に巻いた。
恵美は、公園の中にカメラを手にまずは、人面犬が出るという噂の売店近くを目指した。
歩きながら前方にカメラを向ける。カメラには、小型のライトも付いているので、
街灯の少ないこの公園でもそれなりに画は撮れる。
数分程歩くと、二手に分かれる道が出てきた。
そのまま真っすぐ行けば、人面犬が出るという噂の売店が出てくる。
だが、恵美は左手にある道を選んだ。
下の池と呼ばれる池がそちらにはある。
右回りにぐるっと回れば、公園全体をまわりながら、最後に売店の前を通ることになる。
池を右手に見ながら恵美は、池の側を道なりに歩く。
少し歩くと池を下に見下ろすかたちで、坂道になった。
途中行く手にいくつかの広場が有ったが、無視して通り過ぎた。
あまり詳細に回ると、時間が掛かり過ぎて予備のバッテリーまで消費してしまう。
少し進むと下り坂になった。二つ目の池の、中の池が出てくる。
そのまま数分程進み三つ目の池、上の池が見えた。
中の池と上の池に間には道が有る。
進行方向からみて右側だ。
上の池を回ろうかと考えたが、予想以上に時間がかかっていたので、
中の池と、上の池の間の道を通る事にした。
その道を抜けていけば、口裂け女の事件と、中学生の首吊り事件、
人面犬発見現場へと回りながら、元の入口に戻れる。
ちょうど、池の真ん中辺りに差しかかった時に、カメラのバッテリーが切れた。
腰のウェストポーチから予備のバッテリーを出して、バッテリーを入れ替える。
カメラの電源を入れなおした時だった。
すぐ目の前にに人の気配を感じた。
暗いとはいえ、誰かがこちらに向かってくる気配はなかった。
左右は池。
突然湧いて出てきた。
そんな印象だった。
恵美はカメラから目を放し、顔を上げた。
マントの前を開けた軍服姿の男が立っていた。
映画やドラマ等で見た事の有る、日本軍の将校のようだと恵美は思った。
軍帽を被り、顔には仮面をつけていた。目の辺りに細い切れ込みがあり、
何の感情もない瞳で、恵美を見下ろしていた。
―こんな所でコスプレ?
コスプレにしては、身に付けている物が「年季」が入り過ぎている様な気がする。
当時使われていた、本物の軍服なのだろうか?
「あの、なにかご用ですか?」
恵美は刺激しない様に、なるべく静かに聞いた。
不審感と恐怖感を押し殺した。
何をされるか分からない。
自分の恐怖感が、相手のスイッチを入れてしまわないとも限らない。
初めて自分の服装を悔やんだ。
もっと露出の少ない物にすればよかったと。
男は、無言だった。
恵美は勇気を振り絞って、言った。
「あの、すいません。通していただけますか?」
そう言って、男の脇を通り抜けようとした瞬間だった。
「うっ」
恵美は体をくの字に曲げて後ろに吹っ飛んだ。
衝撃でカメラを落とす。
軍服の男が、恵美の腹に強烈なパンチを放ったのだった。
恵美は倒れこみ、体を横にして吐いた。
腹で爆弾でも炸裂したかと錯覚させるような凄まじい衝撃だった。
軍服の男は、そのまま無言で恵美を仰向けにし馬乗りになった。
「嫌」
恵美が言った瞬間だった。
ゴン。
左の頬に凄まじい衝撃がきた。
殴られたのだと理解するのに数秒かかった。
それほどの打撃だった。
殴られたと理解した瞬間だった。
ゴン。
反対側が殴られた。
意識を失わないのが奇跡だった。
だが、それが恵美にとっては地獄だった。
男は動きを止めた。
恵美の様子をじっと見ている。
恵美の瞳にまだ意志の灯を見つけると、恵美に右手を見せた。
白い手袋をした大きな手だった。
その大きな手を、ゆっくりと握り拳の形にする。
これからこの手で、殴る。
その意志表示のようだった。
男は、握り拳を恵美の目の前に出し、ゆっくりと拳を引いた。
男が拳を振り下ろす。
ぐちゃ。
「ぎゃあ」
音と共に恵美の鼻から血が流れた。
真正面から拳で鼻を殴られたのだった。
無残にも恵美の鼻はぺしゃんこになっていた。
恵美は、激痛で気を失うことが出来なかった。
口の中が血だらけであった。
歯も何本か折れている。
呻く事しか出来ず恵美は泣いた。
涙のせいで崩れた化粧と、折られた鼻と血のせいで、
美しかった顔がぐちゃぐちゃになった。
尚も執拗に男は、恵美が気絶しないように様子を見ながら顔を殴り続けた。
みるみるうちに、恵美の顔は原型をとどめなくなった。
「は、ひゃんで」
何で?が言葉にならなかった
何故こんなことをするのか?
金を奪うような雰囲気ではなかった。
恵美は、意識が朦朧としていた。
すると、男は殴るのを止めた。
そして、恵美のニットの首元に手を掛けた。
大きな音を立てて恵美のニットが裂けて、ブラジャーが露わになる。
男はすぐにブラジャーにも手を掛け剥ぎ取った。
男は少し後ろに下がり腰を落として、恵美のショートパンツに両手を掛けた。
また大きな音がして、恐るべき膂力でデニムのショートパンツを裂いた。
恵美のパンティーが露わになると、それも両手で簡単に引き裂いた。
―犯される。
ぼんやりと恵美は思ったが、逆らう気力は失せていた。
―大人しくやり過ごせば、男は殺さないでいてくれるのだろうか?
―それとも犯した上で、殺すのだろうか?
男は立ち上がった。
―助かるかも……
恵美は一瞬そう思った。
男が立ち去るのだと。
だが、その祈りにも似た希望はすぐに打ち砕かれた。
男は、恵美が落としたハンディカメラを拾い上げ、恵美の裸身を撮りはじめた。
「いや」
小さく口に出したが、男は意に介さず乳房や、恵美の脚を広げ陰部を執拗に撮った。
恵美には気が遠くなるような時間が過ぎたように思われた。
不意に男がカメラでの撮影を止めた。
そしてハンディカメラを地面に置いた。
恵美の顔の横に立つと恵美を見下ろして、恵美の目を見た。
恵美には男が仮面の下で、笑っているような気がした。
男は右足を大きく上げ、恵美の顔を踏みつけた。
ごしゃ。
スイカを落として割った様な音が闇に響いた。
男は静かにハンディカメラを恵美の顔の横に置き、踵を返した。
踵を返した男のマントが翻り、真っ赤な裏地が見えた。
男はそのまま闇に溶けるように消えた。
それが恵美がこの世で見た最後の景色だった。
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