逃亡犯編 その② 他所でやってください

僕は仕方なく一人で駐車場の草刈りを始める。


『早くコンクリか砂利敷いたら?』と進言したこともある。返答は無言だったのでNOなのだと諦めたが。




『にんに!』

杏が姉の靴を履いて駆け寄ってきた。

 

杏は叔父の僕を「にんに」と呼ぶ。自分のお兄さんのつもりなのだろう。

僕は手を止め、杏を抱き上げる。


姉はどう思ってるか分からないが、僕は杏が大好きだ。

姉は、良く言えば愛情表現が下手だ。



その時、ラバー製の目隠しを押し退けて車が一台入ってきた。



酷く古い型のスズキアルトだった。


一人、男が降りてくる。


『…いらっしゃいませー。』

僕は杏を抱いたまま声をかけた。


『いったいまてー。』


僕の声も杏の声も無視して男はホテルへ入っていく。


『変だねー杏。あの人だ。』



ホテルには一応、鍵の受け渡しをするためのカウンターがある。

男はカウンターに肘をつき、見渡している。

男はかなり小柄で、カウンターにも無理して肘を乗せているように見える。


男は尚もキョロキョロしている。


いるはずのスタッフがいないからだ。


『おーい、すいませーん。』


カーテンの奥(僕らにはそこがリビング)から姉が出てくる。


『すいませぇん、ちょっと忙しくて』


見栄なのか、姉が嘯いた。


『どこでもいいから、鍵っ。』

男は急かすように手を出した。


『では一番部屋で。高い部屋は大変なのよぉ。お掃除が。フリータイムでよろしいかしら?』

ちなみに掃除するのは僕である。



『うん、いいよいいよ、鍵っ。』


男は鍵を姉からひったくると鍵に書かれた部屋番『202』を自ら確認し階段を登った。


僕はホテルに戻る。

『あーだめだ。濡れた。』

『ちめたー!!』

僕と杏は案の定雨に降られた。


『ほーら。こんな日にやるからよ。』


『晴れを待ってたらいつになるかわかんないじゃん。』

そう、今は6月だ。


『あんたバカ?雨が止まない国なんてないのよ。晴れを待てないなんて、せっかち。』


腹は立ったが、姉の言い方がセクシーだったので許した。


『ねえ、さっきのお客さんは?』


『202』


『変だね、わざわざ部屋をとるなんて。しかも一人。』


『それは私が進めたのよ。でもなのは当たってる。一番安い部屋だって言って進めた部屋がフリータイムで12000なのに怪しんだりもしなかったわ。』


それは全国の相場でと言うよりこのシーサイドのようなボロホテルの癖にと言う意味だ。


『姉貴……2000円ボッてるじゃん…』


そう、正規料金は一万円だ。それでも破格に高い。


『なぁんかそわそわしてたわねぇ。急いでたって言うか。多分あの男…ね。』


姉はタバコに火をつけた。

杏のために辞めるよう言っているが、


「ゴミゴミした横浜から空気のいい此処に越したんだから副流煙があろうがプラマイでプラスになってるはずよ。」

と論破された。


『今日はやめてほしいなー…てかいつぶり?』


『きっかり4週間ぶり。』


そう、4週間前の今日は105に泊まった客がバスタブで血の池に浸かっていた。


『他所でやれっつーの全く…。』

姉は溜めた煙を吐き出した。

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