鏡に映る魔法少女が信じていたもの

「女優を休業宣言したときだって、美歌が叱ってくれなかったら、わたしはただの落ちこぼれだったかもしれないし、本当に芸能界をやめてたかもしれない……」


 美歌がチロルハイムへ引っ越してきた日、真奈海は女優としての自分を見失いかけていた。『こんな女優、消えて当然』とか、そんな風を言っていた気がする。その引き金を引いてしまったのは僕だったかもしれない。だけど僕はそれ以前から、真奈海に迷いがあったことも感じていた。じゃなきゃ、真奈海は僕にあんなことを言ってこなかったかもしれないって、そう思ったんだ。だから僕はあの時、真奈海に応えられなかったんじゃないかって。

 そんなの今となってはただの言い訳でしかないかもしれない。真奈海が背負っていたものを、僕が受け止めることができなかったのは、紛れもない事実だ。


 そんな真奈海を叱咤激励したのは美歌だった。『甘ったれたこと言わないでよ』とか、今振り返ってみてもあまりに美歌らしくて、何一つ捻りもない言葉。ど真ん中のストレート。本当に何ひとつ変わっていない美歌らしさを、真奈海に思いっきり投げ込んだんだ。

 テレビの中では活き活きと輝いていた春日瑠海。そんな真奈海に美歌は『消えるとかふざけんじゃない』とか言ってた気がする。ひょっとすると美歌は、自分に照らし合わせてそう言ったのだろう。両親を失い、自分自身も植物状態となって、その存在が消えかけてしまった美歌。『今がおまけの人生』とも語っていた美歌のことだ。だからこそあんなことを口走った真奈海の態度が、美歌の逆鱗に触れたのだろう。


「そんなどうしようもないわたしを、美歌はまたひとりにしてくれるのかな?」


 でも今、その立場は逆転している。美歌の笑顔が消えて、真奈海をまた一人にしようとしていた。真奈海は『BLUE WINGS』に残された一人としてステージの上に立つけれど、その声はもう、観客に響かなくなってきている。

 孤独。――そう、いつだって真奈海は孤独と戦ってきた。女優春日瑠海として空高く舞い上がり、誰も届かない場所をずっと一人で飛び続けてきた。そして今度はアイドル春日瑠海としてステージの上に舞い降りて、そこから必死に声を届けようとする。だけどいつしか、声は枯れ果ててしまって――


 いつだって一生懸命で、いつだって自分自身と戦っていて。

 春日瑠海という自分の鏡を、ずっと探し求めているのが、春日真奈海なんだって。

 そうすればみんなが笑顔になるんだって、それだけを信じている純粋無垢な魔法少女で。


 僕らはそんな春日瑠海に、いつだって本当に何もできなかったのか?


「お願いだから、目を覚ましてよ!!」


 僕らはそんな春日真奈海の側で、応援することしかできなかったのか?


 真奈海の声が美歌の病室から、廊下にまで響き渡ってくる。

 その場でしゃがみこんでいた僕の身体全体から、すっと力が抜けていくのがわかった。その反動で、手に抱えていたスクールバッグを床に落としてしまう。どんという音が廊下に響き、真奈海の声の反響をかき消していった。

 僕は逃げるとか、もはやそういう気力さえなくしていた。間もなく病室のドアがぱんと開く。病室から出てきた真奈海と、ぴたりと視線が合ってしまった。いつものポニーテール姿ではなく、髪ゴムで結っていない、春日瑠海としてよく見かけるロングヘアー。しゃがみこんだ僕を見下すような瞳で、じっと黙ったまま、僕に何かを訴えかけようとしている。


 僕は真奈海の顔にそのまま従って、美歌の眠る病室へと迎え入れられた。

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