真奈海が求めたクリスマスプレゼント

時が荒ぶるクリスマスイブ

 東京の街はすっかりと白と赤と緑のイルミネーションに彩られ、今年もその季節がやってきたことを伝えていた。ただ、すれ違う人々はほぼ例外なく足早に感じられ、その喧騒の中で輝く光の数々にどこか虚しささえ感じてしまう。

 クリスマスイブ。今日も僕は美歌の眠る都内の病院へと足を運んでいた。学校が終わると電車を乗り継ぎ、都内中心部の駅に辿り着いたのは十七時前のこと。地下鉄の駅構内から外に出ると、真っ白な分厚い雲が僕の視界に飛び込んでくる。この空模様、いつ雪が降り出してもおかしくなさそうだけど、今朝の天気予報では確か一日中曇りだって伝えていた記憶がある。きっと今宵は雪も星も降る気配のない、静かなクリスマスイブだ。冷たい冬風を顔に浴びながら、僕はもう一度マフラーを巻き直して、病院の方角へと歩き出した。


 明日は『BLUE WINGS』のクリスマスライブだというのに、美歌は一向に目を覚ましそうもない。今月も『BLUE WINGS』のライブは何回かあったけど、ずっと真奈海が一人で舞台を盛り上げてきた。十二月上旬の頃は相変わらず評判通りの春日瑠海という具合で、ステージを華やかに舞い、美しい歌声も上々。たとえ美歌がいなくても大丈夫だって、僕らも安心して見ていたつもりだった。

 だけどそれは見間違えだったのかもしれない。まずその違和感を指摘したのは茜だった。『春日瑠海のステージに華がない』と。それには僕や糸佳、そして文香さんまでも否定できなくなっていた。それでも真奈海はライブを盛り上げようと、いつもと変わらないステージを演出しようとする。ところが少しずつメッキが剥がれていくかのように、茜の指摘した内容はネットへと伝染してしまったんだ。春日瑠海に何が起きたのか、何が変わったのか、誰しもが明確に指摘することはできないのだけど。


 『春日瑠海にアイドルはやはり似合わないのではないか?』

 そんなコメントが、いつしかインターネットに溢れかえってしまっていたんだ。


 そして、来年以降の『BLUE WINGS』のスケジュールが全くの白紙であることも、その評判の拡散をさらに手助けしてしまっていた。芸能事務所からの告知は何一つないのだが、確かに来月以降の『BLUE WINGS』のライブ情報はどこを探しても見つからない。その事実も同時にネット上で広まってしまい、『BLUE WINGS、ついに解散!?』とか、『春日瑠海は芸能界引退!?』などという尾ひれまでもが、ネットで踊る毎日になっている。


 当然ではあるけど、文香さんも何も対策してないわけでもなかった。真奈海一人のまま『BLUE WINGS』を続けるのは困難と判断した文香さんは、美歌の代理を探し始める。『BLUE WINGS』に新しいメンバーを加えようとしたのだ。ところが、それをまず拒んだのが真奈海だった。『美歌の代わりなんて、わたしには考えられない』と真奈海は言っていた。とはいえ状況が状況なだけに、もはや真奈海の意見だけで事が進むという話でもなくなっていた。だから文香さんはやはり『BLUE WINGS』の追加メンバーをと、引き続き探していたんだ。

 だが、さらに悪い話は続く。最有力候補だった新人タレントに加入を断られてしまったらしいのだ。このタレントさん、新人とはいえ実際は少し名のあるタレントさんで、文香さんの事務所に移籍してくる前からそこそこ活躍していた声優さんだった。歌唱力も申し分なく、一人でアニメの主題歌を見事に歌いきっていたことを僕もちゃんと記憶している。それなのになぜ断られてしまったのか。僕だけでなく、文香さんも同じ疑問を抱いたことだろう。


 結局のところ、僕らは何も手を打つことができないまま、時間だけが流れていった。

 迷走に迷走を重ね、明日は今年最後の『BLUE WINGS』のライブだ。日にちが日にちなだけに、『クリスマスライブ』と名付けられたそのライブは、本当の意味で『BLUE WINGS』最後のライブになってしまうのだろうか。


 そんなことを考えながら、僕は美歌の病室のドアの前に辿り着いた。

 今日、糸佳にも一緒に行くことを誘ったのだけど、『明日のライブの準備があるので、優一くんが一人で美歌ちゃんのところへ行ってあげてください。今日はクリスマスイブですし』と断られていた。クリスマスイブだから何だというのだろうと疑問を抱きながら僕はここまでやってきたけど、昨日までと変わらず寒いだけで、何一つ特別なことなど起きなかった。

 真奈海と茜は今日は学校を休んでいた。こちらも明日のライブの準備があったらしく、朝から都内で打ち合わせがあるんだとか、そんなことを言っていた気がする。


 だから誰もいないはずの病室。美歌以外――

 だけどそんな静かな病室から、小さな声が聴こえてきたんだ。


「ねぇ美歌。いつまでわたしをひとりにするつもりなの?」


 弱々しい声音で、美歌に溢している。

 糸のように細くなった真奈海の声が、ドアを開こうとした僕に待ったをかけたんだ。

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