そして、新しい冬の到来
「お姉ちゃんにこの話をしたことはないのですけど、実は母さんがお姉ちゃんを庇うように息を引き取ったらしいのです。私はその事故の時のことをちゃんと覚えていないのですが、うっすら聴こえてきた救急隊の話によると、事故直後に母さんはその危険を察知して、お姉ちゃんの身体を守るように自分の身体を放り投げたと……」
そして美希からはさらに残酷の話を聞かされ、その推測はより現実味を帯びてくる。
徐々にか細くなっていく美希の話は古いカセットテープのように、ついには途中で途切れてしまった。だけどその音の続きを僕や糸佳、真奈海もしっかり呑み込んで、全員が言葉を失ってしまう。
あの真面目な美歌のことだ。もし仮に事故直後に意識があって、目の前で自分を助けるように母親が命を落としたのだとしたら……。その結果として、母親が失った双子の妹である美希のことを考え始めたとしたら……。
美歌は母親の代わりに、自分がいなくなったらって――
「だったら、何だって言うのよ!?」
僕らが言葉を失った時、その怒りで沈黙をぶち破ったのは、真奈海だった。
「美歌が……あの美歌が、母親の代わりに自分がいなくなればって、そんな風に考えたんじゃないかって言いたいわけ?」
真奈海はぶち切れていた。誰に対して怒っているのか、正直わからなかったけど。
「そのせいで美歌が美希さんをほったらかしにして、何ヶ月も眠っていたとでも言うの?」
少なくとも美希に対して怒ってるわけではない。それだけは間違えないとはっきりわかる。
「しかもそれでも寝足りなくて、また心の病とかいう理由で眠り始めたとでも言いたいわけ?」
だけどそのぱっちり開いた大きな瞳には、薄く輝くものも隠しきれないでいる。
「冗談じゃないわよ! そんなことあるわけないって、ユーイチ、ちゃんと答えてよ!!」
そしてなぜか怒りの矛先は僕の方へ向いてくる。真奈海らしいと言えば真奈海らしいが。
「だってそうでしょ!? 美歌はそんなに弱い女の子じゃないはず。こんな風に美希さんを悲しませたり、わたしを怒らせたりとか……ユーイチ! お願いだから美歌はそんな女の子じゃないって、はっきりそう言ってよ!!」
すると真奈海は怒ったまま、屋上の入口の方へ歩きだした。
「お、おい。真奈海? どこへ行くつもりだ!?」
「戻るの!! 美歌のいる病室に!!」
その直後、ばしゃんという音が屋上に響き渡った。屋上のドアが閉まって、その音が僕の胸にげんこつを入れてきた時には、もう真奈海の姿は見えなくなっていた。
風が冷たい。間もなく夕日も沈もうとしていた。
恐らくクラスメイトのみんなは、既に新幹線の中だろう。僕らも美希を残して夜の便で関東へ戻る予定で、長かった修学旅行も間もなく終わりになろうとしている。恐ろしく長い三泊四日のその工程は、刃の鋭い斧によって胸に激しく刻まれてしまった。まさかこんなことになろうとは、僕も全く予想していなかったから。
そして、間もなく冬を迎える。長くて寒い、冷たさと暖かさが入れ混ざる季節。
あと一ヶ月もすれば、新しい年を迎えることになる。
それまでに何が変わって、何が変わらないでいられるのだろう。
気がつくと屋上からは、美希の姿もなくなっていた。恐らく真奈海を追いかけるように美歌のいる病室へ戻ったのかもしれない。僕と糸佳はそれにも気づかないまま、二人で屋上に静かに取り残されていた。
冷たい夕風が僕の胸を少しだけ温めてくれる。糸佳の声が聴こえてきたのはその時だった。
「優一くん。寒いので、イトカたちも戻りませんか?」
「ああ……」
糸佳が僕をそう呼ぶと、年末には糸佳もチロルハイムを出ていくことを思い出したんだ。
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