美歌がくれたダイアリー

「それではそろそろ、最後の曲に行くね〜」

「「え〜!!???」」


 今日のライブは全部で五曲。途中MCがすっ飛んでしまった箇所はあったものの、その後は特に問題なく、順調にプログラムが進んでいった。涙から一変して笑顔に変わった春日瑠海が一人でステージを盛り上げ、観客がそれをしっかり後押ししてくれたからだ。


「最後はこの曲、『君がくれたダイアリー』!」

「「わ〜!!」」


 瑠海がその曲名を伝えた瞬間、今日一番の大歓声が起こった。


「……なんだけどその前に、今日はせっかくなのでこの曲について少しだけ紹介させてね」


 と、瑠海はすかさず歓声を制した。さっき瑠海が言ったとおり、今日のMCは全て春日瑠海のアドリブだ。普段MCで曲の紹介をすることなんて滅多にないのだけど、それでも今日この曲を紹介する理由は、僕には何となくわかっていた。

 瑠海はその場で足を止めると、ゆっくりとその思い出語りを始めたんだ。


「この曲はね、未来がつくった曲なんだよね」


 そうなんだ。最初の譜面はGWのライブの後、美歌が僕らに見せてくれたもの。

 あの日、ライブ帰りの中華街で真奈海が誤って美歌に文香さんの紹興酒を飲ませちゃって、美歌が大変なことになっちゃったんだっけ。その時の真奈海の慌てぶりと来たらあまりにも意外と言うか、普段見ることのない素の真奈海という具合で実に新鮮だった。まぁこんなことガサツの美歌に言ったら『あたしは死にかけたんだから!!』とか、また怒られるんだろうけど。

 この曲はそんな日の夜に美歌が見せてくれたもの。ぶっ倒れる前にAIの美歌が作曲したものだったらしい。だけどその曲は普段未来として作曲していたものとは少し異なっていて、二人で歌うことを想定されたもの。おそらく最初から、美歌と真奈海のために用意された曲だったのだろう。


「その曲をね、未来が頭抱えて作詞して、初めてわたしと一緒に歌った曲なんだ」


 真奈海は会場に向けて、花が咲いたような笑みと共にそう口ずさんだ。

 この曲の作詞はAIではない方、ガサツ系の方の美歌だ。当時の未来と言えば、作詞作曲編曲まで全て一人でこなす天才少女だったけど、それは全てAIの方の美歌のこと。つまりガサツな美歌にしてみたら作詞自体が初めての試みで、詞が完成したのは結局VTuberライブの三日前という、それはもう恐ろしいスケジューリングだった。僕も何度も愚痴られ巻き込まれ、冷や冷やしながら美歌の作詞活動を見守っていたわけだけど。


「わたしこの詞、本当に大好きなんだ。美歌のそのまんまの気持ちが描かれてて」


 実際真奈海の言うとおりに、この詞の評価が世間一般的に高いかどうかはわからない。だけど僕のクラスメイトの声を聞いた限りでは、評価はとりわけ高かったように感じる。


 『めくるめくページの上に 君の微笑み感じて

  その先へ書き記したいんだ わたしの未来を』


 美歌の素直で真っ白な気持ちが、サビ部の最後に響き渡る。何もかもを透き通ってしまい、そのまま直接胸の心の中へと染み込んでくる。美歌らしいと言えば美歌らしいのだけど、そのせいもあってか美歌本人は絶対この曲をカラオケで断固として歌わない。理由は『恥ずかしいから』ってことらしいが、そんな美歌を面白がって結局他のクラスメイトが歌っちゃうわけだけどな。


「あの頃の未来はまだどこか素直じゃなくて、わたしともどこか距離を置いてた」


 妹の美希がチロルハイムに居候してたのもその頃だった。毎日のように姉妹喧嘩してくれて、チロルハイム管理人として本当に迷惑な毎日が続いたけど。


「だけどそれからずっと一緒に暮らしてきて、お互いに打ち解けてきたんだ」


 観客から一瞬どよめきが起きたけど、それはすぐに止んだ。春日瑠海は未来と同居生活を送っているとカミングアウトしてしまったから。だけど今そんなことはどうでもいいのかもしれない。


「お互い励ましあって、夏のライブではわたしも未来に助けてもらった。今こうしてステージの上で、わたしが『BLUE WINGS』として立っていられるのも、未来のおかげだもんね」


 新しい『BLUE WINGS』として、二人でスタートしたのは夏のこと。視界不良だったアイドルとしての春日瑠海が再スタートを切れたのも、美歌のおかげだ。


「学園祭のときなんか、わたしの好きな人とキスまでしちゃうんだよ〜! まったく未来ったら普段奥手そうな顔しながら、やるときはやっちゃう女の子なんだもん」


 笑いながら新たなカミングアウトを暴発する春日瑠海に、もはやどう受け止めるべきかわからない観客の方はというと、相変わらずしんと静まり返っている。……待て待て。今日の真奈海は一体どこまで敵を増やすつもりだ!? 茜だけでなく、文香さんにも後で叱られるぞ?

 てか真奈海、例の噂の真相をこんなところで暴露するのだけはやめてくれないかな。


「そんな未来は、わたしの最高の友人で、最高のライバルなんだよ」


 真奈海の美しい声は鳥となって、空高く飛んでいった。


「仕事でも恋愛でも、いつも競い合って、わたしたちお互いに成長してるのがわかるもんね」


 そしてその鳥は、雲の向こうまで駆け上がり、しまいには見えなくなってしまう。


「だから未来。こんなところでリタイヤなんて、わたしは絶対に認めないからね〜!!」


 そんな鳥を追いかけるように、大砲のような怒号が京都駅から撃ち放たれた。

 ここからなら美歌の眠る病院にだってちゃんと届くはず。そんな真奈海の強く熱い想いが、真奈海の胸の奥底で爆発している。それが声となって表に出てきて、ライブ会場に降り注いだんだ。


「「未来〜!!」」


 だからちゃんと観客にも伝わっている。

 それは真奈海だけじゃない、みんな同じ気持ちだってこと。

 美歌へのエールが湧き上がるように、京都駅の大階段をすっぽり包み込んだんだ。


 しばらくその大歓声は続いていた。

 いつまで続くんだろうと思うくらい、『未来』コールが鳴り止まなかった。

 後で苦情が届くんじゃないかって思うくらい、それくらいの大ボリュームで。


「みんな、ありがとう。この想い、絶対未来に届けるからね!」


 真奈海はようやく静かになってきたのを見届けてから、次へ進めようとする。


「だから、最後はみんなで歌うよ。ミュージック、スタート!!」


 そして真奈海の軽やかなステップと共に、糸佳はスピーカーを通じてイントロを流し始めた。僕もヘッドホンの音をもう一度確認して、モニタを見ながら、今日の最後の曲を見届けることにしたんだ。


 その曲名は『君がくれたダイアリー』。

 美歌が僕らにくれた思い出と一緒に、聴いてるみんなに届けるんだ。

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