京都の秋景色と春日瑠海

「さっきは鴨川まで行ってきたんだよ〜。桂川も風情あったけど、鴨川も広々としててなんか落ち着くよね〜」

「真奈海、本当に散歩してたんだ……」

「うん。星が綺麗で川鳥も沢山いて、こんな場所に百万人も住んでるなんて信じられないよ〜」

「そうだね。……でも真奈海。その格好で出歩くとさすがに顔バレするんじゃあ……?」


 確かに真奈海の言うとおりで、空には今でも無数の星が輝いていた。関東だったらこんな数え切れないほどの星なんか見られるだろうか。あたしが昨日の夕方散歩した鴨川でも、多くの鳥たちと出逢えた。そこは京都の街の中心部だというのに、アオサギやカルガモ、そしてカワセミの姿も見つけることができたんだ。

 そんな鳥の数々にあまりに夢中になっていたら、『あれって未来みく?』なんて声がどこかから聞こえてきた。その時のあたしは慌ててその場を立ち去ったけど、なんだか今朝の真奈海の姿を見てたらそんな自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。真奈海はあたしと同じジャージ姿で、だけど帽子も眼鏡も付けていない。誰もが知ってる春日瑠海と唯一異なる点は、髪を一本のゴムでまとめ、ポニーテール姿であるという点くらいか。

 いやいや。いくら早朝とは言え、さすがに変装をサボり過ぎでしょ!?


「大丈夫だよ。今さらこんな売れないアイドルなんてどこにも追っかけなんていないし」

「あのね真奈海。昨日京都駅で『春日瑠海を見た』って騒がれてたっていう噂、ちゃんとあたしのクラスにまで届いてしまってるんだけど、それについてどう思うかな?」


 昨晩の夕食の間に、そんな噂が流れていたんだ。近くの席では『そういえば春日瑠海ってうちの高校だったよね〜』なんて呑気に話す男子高校生もいたけど、管理人さんと糸佳ちゃんはげっそりとした顔を隠せないでいた。あたしも他人事ではないだけに、心中二人のお気持ちを察していたりして。

 てか昨日の班行動の時も、真奈海は確実に変装を怠っていた気がする。違うクラスだからあまり接点はないけど、ちらっと見かけた感じは確実に危うさを感じたんだ。ポニーテール姿でキャスケットを被ってはいたものの、やや目立つピンク色の伊達眼鏡を付けていた。それはいつも学校でつけてる黒縁メガネの方じゃなくて、仕事用の眼鏡の方。つまりコンタクトレンズを付けて京都の街を歩いてたってことで、その伊達眼鏡を取った瞬間、ありのままの春日瑠海が現れてしまう。

 めんどくさがりの真奈海のことだから、京都駅前のバス停で時刻を探しながら、邪魔になった眼鏡を取ってしまったのかもしれない。あれだけの学生やビジネスマンがいて、さらには多くの観光客が行き交う京都駅だ。真奈海がそんなことをしたら、確実に顔バレして大騒ぎになるっつーの。


「でも今の『BLUE WINGS』だったら、わたしより美歌の方が騒がれるんじゃないかな〜」

「そんなことないです。絶っ対にありえません!!」

「それに別に騒がれたって、どうせ明日はここでライブなんだし〜」

「折角の修学旅行で他の生徒にも迷惑になっちゃうから、少しは自重しようね!」


 真奈海は口を三角に尖らせ、あたしに反発しようとする。まるでどこか拗ねた子供のよう。そういえば思い返してみてもこんな真奈海の姿、あたしはあまり見た記憶がない。他の誰かならこんな真奈海の顔とよく対峙しているのかもしれないけど、それは一体誰のことだろう。それにしても昨日の京都駅の騒動といい、どこか真奈海の胸に潜む歯車が狂い始めているようにも思えた。


「そんなユーイチみたいな説教臭いこと、美歌からは聞きたくないんだけどなぁ〜」

「え、管理人さん!?」


 ところが突然出てきた管理人さんの名前に、あたしは異常なほど反応してしまった。あまりの豹変ぶりな声に『しまった』と思ったのも後の祭りで、もちろん真奈海は見逃してくれなかった。あたしをからかうような顔で、にたにたと笑っている。まるであたしの心の中など全てお見通しと言わんばかり。正直悔しい。本当に今日も早朝から完全に真奈海のペースだ。


「朝練、しよっか」


 だけど真奈海はそれ以上の追求をしてこなかった。真奈海は優しい笑みを浮かべて、あたしの顔色の変化など完全になかったことにするかのように。


「うん。本番、明日だもんね!」


 だからあたしもそれに便乗させてもらう。真奈海が今何を考えているのか、あたしも考えないようにしようと試みた。だけどどうにもそれはできそうもなくて……。

 でも本番は明日だからと気持ちを切り替え、何とか練習に集中することにしたんだ。


 多分だけど……一昨日の夜、真奈海に何かあったのかもしれない。それは恐らく、管理人さんに聞けばわかること。管理人さん絡みのこと。

 もちろんあたしはそんなことを管理人さんに聞く勇気はないけれど。

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