チロルハイムの四次元彼女と京都の葉は紅く染まるか

プロローグ 〜いつもどおりの朝〜

 あたしはいつもどおり、朝六時にセットされた目覚まし時計に起こされた。


 九月も下旬。チロルハイム二〇二号室の窓からは朝の明るい日差しが入り込んでくる。

 もうとっくに日の出の時間も過ぎていて、今日も天気が良いことを知らせてくれる。


 ……あれ?

 あたしは天井に視線を向けると、電気がつけっぱなしであったことに気がついた。

 そっか。あたしは昨晩ベッドの上で考えごとをしていて、そのまま眠ってしまったんだ。


 なかなか眠れなくて、だけど頭の中は羊の数なんて数えてる余裕さえもなくて……


 あたしは昨晩何度もしたように、もう一度、唇に手を触れる。


 暖かな温もりが、自分の手の指先から伝わってくる。

 自分自身の生温い体温が……って、そんなの当たり前なのにね。


 だってあたしは、生きているんだから。


 なんであたしは、まだ生きているんだろう?

 あの事故のせいで、あたしの両親はもうこの世にいないのに

 その事故のせいで、あたしも一度は自分の記憶を失っているのに


 そんな自分が、まだ生きているなんて

 しかもあろうことか、そのせいであたしの大切な友人を傷つけてしまうなんて――


 あたしは、本当に愚かなんだろうか?


 『もう自分を責めたりしないで』


 ――まただ。


 昨晩も何度も頭の中に響いたその言葉、いや、誰かの想いがどこからか伝わってくる。

 誰の想いなのだろう? 昨晩も反芻するようにずっと考えていた。

 あたしなんかのことを、あたし以外の誰かが、守ろうとしてくれているの?


 あたしは昨日、管理人さんのファーストキスを奪ってしまった。


 ……ううん。実際にそれがファーストキスだったという話は、聞いたわけではない。

 確かにあたし自身は間違えなく、ファーストキスだった。

 あんなに暖かくて、包みこまれるような優しい感覚は、一度も経験したことなかったから。

 だけど、管理人さんにとってもファーストキスだったかどうかなんて……


 ――だけどその答えは、あの時の真奈海の言葉がきっと示してくれている。


 『賞味期限切れなんて、わたしは納得いかないんだけどなぁ〜』


 恐らく真奈海は、全部知っていたんだ。


 後夜祭のジンクスのことも

 あたしと管理人さんのキスのことも

 それが管理人さんにとってファーストキスだったということも


 ……だけど真奈海は、あたしに何も言わなかった。

 まるで何も見なかったように、その後もあたしにはいつもの笑顔を振りまいて


 管理人さんのことをこの世で一番大好きなのは、真奈海なのにね。


 あたしはそんな真奈海の笑顔を思い出して、またくすっと笑ってみた。


 あたしはちゃんと笑えているだろうか。

 目の前に鏡があるわけではないし、そんなことは知らない。


 だけど今日もいつもどおりにちゃんと笑おうって

 そう心に決めたんだ。

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