糸佳の見せる裏と表
「おい。糸佳……?」
「…………」
学園祭で賑わう校舎は人で溢れかえっていた。三連休初日の今日は天気も良いせいだろう、学生の保護者だけでなく、この辺りのどこかで見覚えのある学校近隣の住民、そして来年この高校を受験しようと考えているのだろう、中学生らしき姿もちらほら見えた。
そんな模擬店の前に集まる人たちをかき分けて、すたすたと足早に歩く高校生男女二人。……これって一体どういう状況なんだ?
「てか、なにムスッとした顔してるんだよ?」
「…………」
女子高生が一方的に前を歩き、男子高生の方はそれをただひたすら追いかけている感じ。……って、これでは僕がただのストーカーみたいじゃないか。
「そんなに早く歩くなって。人が多いんだから僕が見失うだろ?」
「…………」
ただ、今日の学園祭も十分に人が多い方だと思うけど、学校側が警戒しているのは今日ではなく三日目とのこと。放送委員の打ち合わせでも、『三日目は来場者が多いだろうから厳重に対処すること』とそれが確認されていた。なにをどう『厳重に対処』なのかさっぱりわからなかったけど、来場者が多くなることは僕も覚悟ができている。
「てかいつまでそうして黙ったまま歩いてるんだよ?」
「…………」
なぜならその理由を作ったのは、ここにいる糸佳だから。糸佳が『チロルバンドを学園祭でやります!』と生徒会の前で宣言した日から、高校はますます騒がしくなっていった。
糸佳は今日まで生徒会と連携を取りながら、ほぼ一人でこの企画を進めてきた。普段は滅多に見せることのない企画・マーケティングスキルを発動させ、あっという間にほとんどの段取りを整えてしまう。そのおかげで真奈海や美歌、そして茜がバンド練習に専念できたわけで、さすがは芸能事務所の社長令嬢と言ったところか。
もちろん宣伝や裏工作も抜かりない。ライブ会場となる体育館にどれくらいの人数が集まって、それを予測した上で教員側にも掛け合っていた。全国的にも知名度が高い春日瑠海、そして蓼科茜、そこへ先月『奇跡の歌姫』としてデビューしたばかりの
それはそうと、巷で騒がれてる『奇跡の歌姫』って、一体どういうつもりで誰が名付けたのだろう。根はあんなにガサツで不器用な女子高生のはず…………いや、なんでもない。
「おいっ、糸佳ってば!!」
「…………」
が、そんな優等生糸佳とは真逆の姿がここにある。ずっと黙ったまま、しかも機嫌がかなり悪そうなのだ。ただ、僕は糸佳が機嫌悪くなるようなことをした記憶はない。それなのにここまで拒絶されるような態度を取られるのはさすがに心外だ。
まぁ美歌からすると『あんたの日頃の行いのせい!』とか言い出しかねないけど、そんなの僕は知ったこっちゃない。
「……龍太さんと歩くときは何でもないのに……やっぱしおかしいです……」
「ん? 何か言ったか???」
すると糸佳は小さな声で、そんなことを言った気がした。
龍太というのは僕の父親のこと。糸佳とは血が繋がっていなくても、今は母親である文香さんと再婚して、一応糸佳から見ても父親ってことになっている。そんな父親の名前が出てきた気がしたけど、どうしてこの場で出てきたのか? それとも僕のただの聞き間違えか……?
「てか昼ご飯食べに行くんじゃなかったのかよ? どこか行く当てあるのか?」
すると僕の前をひたひた歩いていた糸佳は突然立ち止まり……
「お兄ちゃん!!」
「ん? どうした???」
振り返るなり僕を大声で呼んできたんだ。
「手を繋いでください!!」
「…………は?」
が、次に出てきたのはあまりに予想外の素っ頓狂な言葉だったので、僕は思わずぽかんとした顔を糸佳に見せてしまう。あまりに突然だったので、最初は何言っているのかよくわからなかったほどだ。
それこそ一体どういう意味なんだ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます