糸佳と学園祭デート

学園祭開幕!

 九月も半ばを過ぎ、道路のコンクリートを焦がしていた熱い日差しもだいぶ優しくなってきた。いつの間にか敬老の日と秋分の日がごちゃ混ぜになってしまっていた九月の連休は、世間ではシルバーウィークなどと呼ばれているらしい。五月がゴールデンなら九月はシルバーか……などという、ややどうでもいいことを考えてしまうと、思わず苦笑いが出てしまう。日本語というのはいかに曖昧で、いかに調子のいい言語なのだろうと思ってしまうのは、僕だけだろうか。

 ……てか『シルバー』って日本語ではなくて普通に英語だったよな。


「お兄ちゃん。そんなとこでボサッとしてないでもっとシャキッとしてください!」


 そんな九月の連休初日の今日は、学園祭初日でもあった。僕や糸佳のクラスは、学園祭で定番のお化け屋敷を展示している。……お化け屋敷を展示と言われてもその日本語が果たして本当に正しいのかピンとこないが、ひとまず我が校の学園祭の括りとしてはお化け屋敷が『展示企画』という分類に属されてしまっているので、そこについては今更ツッコんでも仕方ない。


 今やお化け屋敷と化している教室の中から、糸佳が出てきた。別におばけの格好をしているわけではなく、ごく普通にブレザーの夏服姿だ。確か今日は音響係をやってると聞いた気がする。……てか学園祭のごく普通のお化け屋敷に音響係がいるとか、随分と抜かりない気もするが。

 僕は朝からずっと受付係担当のため、教室のドアの前に置かれた折りたたみ椅子に座り……特にボサッとしていたつもりはなかったのだが、糸佳にそう思われてしまっても正直仕方ないなとも思った。


「ようやく客足が大人しくなったんだから、少しは休ませてくれ」

「何言ってるんですか。今日はまだ残り二時間もあるんですよ!!」

「僕は朝からずっとここでこうして受付してるんだが」

「う〜ん……イトカも朝からずっとお仕事でお昼ご飯まだなんですけど……」


 学園祭初日。朝十時から始まり、それから約五時間ほど。時計の針はもうすぐ十五時を指そうとしていた。その間僕はずっとここでお化け屋敷の受付をする羽目になってしまった。その理由は主に僕の別のタスクのせい。明日は放送委員の仕事でみっちり埋められてしまったし、学園祭最終日である明後日はチロルバンドのライブがあるためで、やはりクラスの方に構うことができない。唯一予定が空いていたはずの今日はこんな具合で、ほぼ一日中クラスの作業で予定を埋められてしまったんだ。

 しかもあろうことか、うちのクラスのお化け屋敷はとある事情により評判がよく、さっきまでずっと客が絶えずやってきていた。そのせいで僕も休み時間を取ることができず、昼ご飯も未だに食べていないという状態。五時間ぶっ続けで労働するとか、それってどんなブラック企業なのだろう。

 ……あ、ここは会社ではなく学校だったな。職員の皆様、いつもお疲れ様です。


「そしたら二人とも、あたしが代わりに受付するからお昼ご飯行ってきなよ?」


 糸佳と二人で腹を空かせながら困り果てていると、白い和服姿の美歌が僕らの前に現れた。うん、間違えなくこちらは正真正銘の幽霊だ。手には綿菓子を持っていて、ちょうど休憩を終えて戻ってきたらしい。


 ……てか美歌のやつ、その格好で校舎内をぶらついていたのか?

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