三人目のあたし

 そして、その決意はやはり正しかったって、今でははっきりわかる。


 こんなにも落ち込んでいる真奈海を見たのは、あたしも初めてのことだったから。

 あたしがステージの横に立つだけで、真奈海は本来の瑠海を取り戻したから。


 普段は何もすることができないあたしでも、それでも誰かの役に立つのなら、

 あたしはどんなことだって、してみたいと思う。


 あたしの命の限りある時間の中で、誰かが笑顔になれるなら、

 あたしはその人の役に立ちたい!


 だってあたしには、それくらいのことしかできないのだろうしね……


 あたしと真奈海が『Distance』の最後のサビの箇所を歌いきると、先程まであたしがいた観客スペースからは大歓声が沸き起こった。もっともまだ何が起きたのかさっぱりわかっていない人もいるらしく、その空間には動揺の余韻もまだ残っている。……そりゃそうだよね。あたしが人間の姿でこうして舞台の上に現れたのは、今日が初めてのことなんだから。


 でも、初めて聞く舞台の上からの歓声は、やはり胸が熱くなるものがあった。

 あたしの歌を最後まで聴いてくれて、認めてくれたってことでいいのだろうか。

 もしそれが事実だとしたら、あたしは……。


 そんなことを考えていると、温もりある体温にあたしの身体がすっぽり包まれてしまった。


未来みく~~~~!!!」


 その体温の主は真奈海だ。あたしは真奈海にぎゅ~っと抱きつかれていた。


「ちょっと真奈……ルミ。そんなに力強く抱き着かないでよ~」


 意外なまでの瑠海の姿に、思わずあたしは名前を言い間違えそうになる。


「だってまさかこんな形で未来に会えるなんて、そこまで想定してなかったから……」

「そこまでって……?」


 まるでこのドッキリを半分くらい気づいていたような口振り。

 あたしはそっちの方に少し驚いてしまったわけで……。


 ――そう。今日の解散ライブは、春日瑠海を復活させるためのドッキリ仕様だ。

 仕掛け人はほぼ全員。ターゲットは春日瑠海だ。……『ほぼ』って書いたのは、もう一人だけターゲットがいる。あいつの今の顔を想像すると、なぜかあたしは少しだけ勇気が湧くけど。

 文香さん曰く、せっかく真奈海との二人っきりのデートを任せたはずなのに救い出すことができないとか、男としてけしからん!……という罰らしい。とはいえ、文香さんもおよそそうなることは想定していたため、デートの結果を聞く前からあたしに歌手デビューの話を持ち掛けてくるなど、そういう根回しは最初からしていたらしいのだけどね。


「はいはい~。瑠海先輩? これからあたしが事情説明するので、とっとと未来さんから離れてください!!」


 またしても湧いて発生した大きな驚きの声とともにステージの上に現れたのは、本日ゲスト出演の茜さんだ。今日のステージで茜さんが出演するということは、どこにも告知されていない。完全なシークレットゲストだった。

 まぁ今日の台本を全て書いたのは茜さんだし、本人はそれを見届けたかったというのもあるみたいだけど。そんな事情も知らない観客からは、なぜ茜が?という疑問が出てきても当然のことだろう。


「茜~? 何か企んでると思ったら、こんなことを……」

「さすが瑠海先輩。まるでドッキリがあることに気づいてた口振りですね?」

「なんとなくだけど、なにかあるってことくらいは気づいてたわよ? せっかく準備してた新曲が、台本のどこにも書いてなかったんだから……」

「あ~、それは確かに台本を書いたあたしのミスです。ま、もう一人の方はそれでも何も気づいていなかったようですけどね」


 しらっと自分が台本を書いたことをばらす茜さん。ただし自分が台本を書いたことはどうでもいいと言わんばかりで、どことなくクールだ。

 ……にしても、もう一人の方って……まさか……!?


「「あ~……」」


 あたしと真奈海は思わず顔を合わせて、そんな声を上げてしまう。

 もう一人のターゲットであるあいつ、本当に全然気づいてなかったんだ……。


「……え~っと。気を取り直しまして、ここからは本物の台本通り進めますよ?」

「え……あ、うん」


 もはや観客を置き去りにしていることにも気づいてはいたけど、そこを強引に仕切りなおそうと臨時司会役の茜さんが進めようとする。本日ポンコツ気味の瑠海とは正反対のようだ。


「こちら本日デビューとなります、未来さんです」

「あ、ど……どうも。未来です!」


 そしてあまりにも唐突に名前を振られたので、あたしは慌てて自己紹介をした。


「って未来? 自己紹介それだけ???」


 同時に思わず瑠海からツッコミを受ける。さっきまでポンコツぶりを発揮していた瑠海は完全にどこかへ消えていなくなってしまったのか。いやこれ、ポンコツなのはどっちかというとあたしなんじゃないかって。

 でもそのステージはまるで、ここがチロルハイムかのようなノリだった。


「あ……うん、普段はVTuberとかやってます」

「って、未来さん本当にそれだけですか??」


 今度は茜さんからもツッコミを受ける。会場からは笑い声が聞こえてきた。


「え……あ~……あたし、歌手やってます!」

「「それはみんな知ってるつーの!!」」


 今度は茜さんと瑠海の二人同時ツッコミ。ツッコミの度に、会場からは笑い声は大きくなっていく。あたしは思わず笑ってごまかすしかないけど、これまでのVTuberと違ってあまりそれもごまかしが効かないから、どう反応していいのか、正直悩んでしまう。


「まぁでもこんな無色の未来に、わたしはいつも助けられてばかりなんだけどね」

「てか前から思ってたんですけど、未来さんってかなり天然キャラ入ってますよね?」

「そ、そうなのかな……?」


 瑠海と茜のツッコミなのか救いなのか、もはやあたしにも判断できなくなっていた。


 それにしても今のあたし、一体どんな顔をしているのだろう?

 あたし、ちゃんとステージの上で笑えているかな?

 本当にみんなを、あたしはしっかり喜ばせているのかな?

 こんな、あたしであってあたしじゃないあたしは……。


 ……まるでそれは、三人目のあたしが現れたような感覚だった。

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