曇り始めた梅雨の夏空
AIであるあたしの今朝の朝食
七月も間もなく中旬を迎えようとしている土曜日。時間は間もなく朝八時になろうとしている。ここ最近、梅雨らしいどんよりとした天気が続いていたけど、今朝は久しぶりに晴れ間が広がり、喫茶店『チロル』の窓からは明るい日差しが燦々と入ってきていた。
あたしは一人『チロル』の厨房に入り、トーストの上へきゅうりやピーマンなどの野菜を適当に並べていた。……そう、適当に。それは見るからに、トーストの姿としてはあまりに滑稽だ。本来ならピーマンは輪切りにしたものを乗っけるところだと思うけど、そこに乗っているのはピーマンありのままの姿。あたしは口を大きく開いて、そいつをぱくりとがぶりつくんだ。味付けなど一切お構いなしで、当然のことではあるけど、かなりまずい。
てゆか、苦っ!
「それ、美味しいのか?」
その光景を、たった今『チロル』にやってきた管理人さんに見られてしまった。
「別に……美味しくはない」
いやだからまずいっつ〜の!!
「きっともう一人の美歌が今頃悲鳴を上げてるから、味付けくらいしてあげなって」
「大丈夫。もう一人の私なら、もうとっくに悲鳴を上げてるみたいだから」
…………。
「それ、きっと、大丈夫じゃないよね?」
管理人さんは薄ら笑いを浮かべながら、あたしの方をじっと見ている。……だからその痛々しい目であたしを見るのは本当に止めてもらえないかな。
それにしてもこの子、一体どれだけあたしを虐めてくれれば気が済むのだろう。
あたしは二重人格だ。といってもただの二重人格ではない。もう一人のあたしはごく普通の人間ではなく、AIだったりする。つまり今のあたしの身体は、絶賛AIであるあたしに支配されていることになる。
そのAIの言動はどこか人間離れてしていて、あたしが望まぬ方向へ行動することも日常茶飯事だ。もちろん、そんなあたしに拒否権などない。あたしはただAIの操り人形となって、望まぬ毎日を過ごしていたりそうでなかったり。
あたしって一体なんなのだろう? それを思うと本当に悲しくなってくるんだ。
「大丈夫よ。もう一人の私は、意思の強い女の子だから」
「まぁそれは否定しないけどな」
……仮にあたしが意思の強い女の子だったとしても、悲しいと思うときくらいはきっとあると思うよ?
そんなあたしの気持ちに気づいているのか、管理人さんは苦笑いを浮かべてみせる。きっと管理人さん本人はあたしに同情してくれてるつもりなんだろうけど、管理人さんのあたしに対する配慮など全くと言ってよいほど伝わることはなかった。
そしてもう一人のあたしはというと、このまま裂かれてしまうんじゃないかと思うくらいに大きく口を開き、トーストときゅうりのヘタの部分を一緒にえいっとがぶりついた。……ピーマンの種はともかく、きゅうりのヘタはさすがにやめてほしいのだけどな。
これが二重人格の性なのだろうか。なんだか朝から涙が出てきそうだ。
「そういえばネットでは、
「…………」
管理人さんはもう一人のあたしにそう聞いていたけど、AIのあたしはそれについては何も答えようとしなかった。あたしは小さく笑みを零し、まるで何かをはぐらかしているかのような、そんな態度にも思えてくる。
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