薬の副作用にご用心!

「そしたらその薬さえあれば、美歌さんはいつでも入れ替われるんですね!」


 管理人さんが帰ってきてからさらに数分後、喫茶店『チロル』に糸佳ちゃんが帰ってきた。糸佳ちゃんは帰ってくるなり『ここはあたしの特等席』と言わんばかりに、カウンターの中に入ってきてブルーマウンテンの豆を挽き始める。するとあたしは自ずとカウンター席の方へと移動した。もちろん移動したのはもう一人のあたしの意思だけど。

 AIに支配されているあたしは、管理人さんの隣に迷いもなく座った。左から、あたし、管理人さん、美希という順。美希の隣も空いてたはずなのに、わざわざ遠い方の管理人さんの隣の席を選んだのだ。まさかこれも、美希が追加学習させた成果というものなんだろうか?


 え、普段のあたし? ……確かに、管理人さんの隣に座ることは多いけど、でもだからって……ねぇ〜……。


「ええ。あたしがお世話になってる人に事情を話したら、そのカプセル剤を作ってくれたの。元々お姉ちゃんの脳に仕組んだAIの起動シーケンスは把握していたから、その部分を活性化させるものをお姉ちゃんの体内に含ませれば、強制的にAIの方を呼び出せるんじゃないかって」

「ふ〜ん。強制的に……ねぇ〜」


 管理人さんは何やら不安そうな顔で、美希とあたしの顔をを見比べていた。てかそれはあたしの気持ちも同じだ。強制的にって美希は言うけど、それに伴う副作用とかあったりしないのだろうか?


「でもそしたら美歌さんは、もう一人の方にはもう戻せないんですか?」

「糸佳さん、その辺りも大丈夫よ。もう一つカプセルもらってきたから」

「え?」


 気がつくと美希は先程のポーチからもう一つ、カプセル剤を取り出した。先ほどと見た目は全く変わらない、真っ白なカプセル剤。いや、先程のものより若干赤みがかっている気がする。それにしてもそんな瓜二つのカプセルを用意しておいて、もし誤った方をあたしに飲ませていたら、どうするつもりだったんだよ!?


「お姉ちゃん。そしたら今度はこの薬を飲んでもらえるかな?」

「はい、わかりました」


 もう一人のあたし――完全に美希の操り人形となっているAIなあたしは、何一つ躊躇なく、そのカプセル剤をぐっと飲み込み、その後コーヒーをぐいぐいと飲み始めた。少しくらい抵抗してくれてもいい気もするのだが、そんなあたしの心配などは完全にお構いなしだ。


 身体が、熱い!! 

 口の中が爆発してしまったかのようで、ぐさぐさと攻撃してくるよう。

 ――いや、某漫画じゃないけど、本当に熱いんだって!!


「ぶはっ!!」


 あたしは思わずむせてしまった。コーヒーを吐き出しそうになるのを慌てて堪える。


「ふふっ。今度も実験成功のようですね!」

「ちょっと美希! なんてものを飲ませてくれるのよ!! ……って、あれ?」

「あ、ガサツ系の方の美歌だ……」


 今のあたしの声は、明らかにあたしの意思で発した声だった。ていうか、その後管理人さんが何か言った気もしたけど、とりあえず聞こえなかったことにしておく。


「これもあたしがお世話になってる人が作った薬です。これでお姉ちゃんも、強制的に呼び戻せますね!」

「強制的に? なんか、とんでもないものを飲まされた気がするけど」

「はい。AIであるお姉ちゃんの脳を強制的にオーバーヒートさせる薬なので、多用は禁物です」

「ちょっと待って!! それって本当に副作用ないの!??」

「さぁ〜? とにかく、多用は厳禁です!」


 今、『禁物』から『厳禁』って言葉に変わったよね? それはあたしの聞き間違いだろうか。確かにAIの方のあたしは、激辛の食べ物、例えば糸佳ちゃんのカレーを食べたりすると、思考回路がオーバーヒートを起こすらしく、強制的にあたしに戻されていた。ようはそれと同じ理屈ってことだと言いたいのだろう。

 そう考えると、なんだかそのカプセルも案外可愛いものに思えてきたりもする。ただ、逆にあたしは激辛のものを食べていて、本当に大丈夫なのかと心配になってきた。辛いの、大好きなんだけどなぁ〜。


「まぁいずれにせよ、その二つのカプセルは最後の手段であることに変わりはないな」

「確かに、お姉ちゃんの身体とはいえ、安易に使うのは危険かもしれません」

「ねぇ美希? 今の、『お姉ちゃんの身体とはいえ』って、どういう意味かな?」

「なんにしても、美歌さんが無事でよかったです!!」


 糸佳ちゃんはあたしに無邪気な笑顔を向けてきていた。

 ……いやまぁ『無事』であることに変わりはないけど、ここまでの実験があたしの命がけだったのかと聞かれると、今になって猛烈な恐怖があたしを襲ってきたわけなんだけどね。

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