操り人形なあたし

「ふふっ。あっちのお姉ちゃんと違って、相変わらず礼儀が正しい、素直なお姉さんですね?」

「そうですか? 私は普通にしているつもりですけれども」


 あたしの首が右にくっと曲がる。その感覚だけが脳内へ伝わってきた。これら全ての言動はあたしのものであるはずなのに、全てがあたしの意思で動いていない。だけどあたしの意識はまだ存在しているから、それはそれで不可思議な気分になる。それってつまり、あたしが操り人形にでもされてるかのようで……。


 ……え、操り人形???

 その言葉を思い出した瞬間、あたしの悪寒はさらに激しくなったわけだけど。


 すると間もなくその嫌な予感は現実的なものとして、あたしの前に現れたんだ。喫茶店『チロル』のドアが開く音がカランと鳴ったんだ。

 入ってきたのは管理人さん。あたしのクラスメイトの男子高校生だ。


「あ、お姉ちゃん。管理人さんが帰ってきましたよ?」

「ほんとですね。管理人さん、お帰りなさい!」

「……た、ただいま」


 管理人さんはあたしと美希の姿を見て、じっと立ち止まってしまった。まるで何かを警戒しているかのよう。そこへ美希が追い打ちへかけるかのように、管理人さんへ声をかける。


「お姉ちゃん。管理人さんが帰ってきて、嬉しい?」

「はい。嬉しいです。管理人さん、優しい人なので」

「そうだよね〜。お姉ちゃん、管理人さんのこと、大好きだもんね?」

「はい。私は管理人さんが大好きです! 誰よりも……」


 その声と顔の筋肉の動きで、なんとなくあたしにもわかる。女の子らしいきゅんとなるような笑顔を、管理人さんの方へ向けているということに。


 ……って、おいっ!! あたしはそんなこと一言も言ってないぞ!?

 これらは全て、美希の策略だ。もう一人のあたしとして動いているAIを学習させたのは、美希本人。つまり何をどう話せば、AIで動くあたしがいかに反応するか、美希は全てを把握しているのだ。こうなるとあたしは、美希の究極の操り人形になるしかない。


 が、管理人さんの反応はと言うと、右手で頭をぽりぽりとかくのみだった。


「美希さん。お姉ちゃんで遊ぶのはもう一人の美歌が可愛そうだから、それくらいにしといてやらないか?」


 さすがは管理人さん。今起きていることはちゃんと冷静に把握しているようだ。……それにしてもAIの仕業とはいえ、あたしの可愛らしい笑顔を差し向けても、管理人さんは全くと言ってよいほど反応しない。それはそれでどこか納得いかない部分もあるけど、とはいえ今はそれどころではない。


「だめよ。せっかく最近追加学習してあげてるんだから。もうちょっとだけ」

「え……?」

「ねえお姉ちゃん。管理人さんのこと、どれくらい好き?」

「はい。世界で一番誰よりも、大好きです!!」

「……おい。それ前も聞いたけど、 “Love” の方じゃなくて、 “Like” の方だよな?」

「いいえ。私の気持ちは “Love” の方ですよ! 管理人さん!!」

「ふっふっふっ。追加学習の実験は成功です! お姉ちゃん、よくできました!」


 こら〜!! 美希のやつ、なんてことを学習してくれてるんだ!!

 AIってやつは学習次第で思いのままってことはよくわかったけど、そろそろそれくらいにしてくれないと、あたしも本気で怒るからね!!


 ちなみに管理人さんは、ただ唖然とした顔をあたしの方へ差し向けていた。

 ……ねぇ管理人さん。それだとあたしがただの痛いやつにしか見えないから、お願いだからその目であたしを見つめるのはやめてもらえないかな?

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