ヒミツなVTuberライブ配信計画

「わかった。そしたらもう一回、詞を作り直してみるよ」


 美歌は真奈海の言葉に励まされるように、もう一度作詞することを誓った。

 予定からは少し遅れてしまうが、もし間に合わなかったとしても、マストではないその予定を後ろにずらせばいいだけのこと。いつもだったら僕も糸佳も文香から納期を決められて、そこまでに仕上げなくてはというのがあるけど、今回に至ってはあくまでチロルハイム住民の責任のみで制作するものだから、多少予定から遅れても問題ないわけだ。


「もし遅れそうになったらライブ配信の日をずらすから早めに言えよ?」

「うん、わかった。ありがとう、管理人さん」


 美歌はくすっと優しい笑みを零す。笑顔になった美歌に僕も少しほっとした。


「でもお兄ちゃん。ライブ配信のことですけど、そもそもどこで配信するの?」

「あ〜、機材とスタジオはチロルハイムの地下スタジオを使えばいいけど、問題は配信するチャンネルだよなぁ〜……」


 糸佳が心配しているとおりで、実は最も肝心なことが決まっていなかった。それは、ライブ配信を行うチャンネルのことだ。今回は美歌と真奈海がボーカルとなる限定ユニットで、また真奈海本人のたっての希望(正確には真奈海のスケジュールが全然調整できないという理由だが)もあり、収録ではなくライブ配信という手段を選ぶことにしたんだ。幸いにもチロルハイムには、VTuberのライブ配信くらいであれば余裕でこなせる地下スタジオを完備している。糸佳の音響機材に僕の配信機材が加われば、諸々問題なくこなせるだろう。

 が、問題はその配信先だ。いつもなら僕と糸佳が所有している動画チャンネルで公開すればいいことなのだが、その動画チャンネルの正式な所有権は実は僕や糸佳が持っているわけではなく、事務所社長である文香だったりするのだ。つまり、その動画チャンネルで配信するということは、事務所公式で配信することと同義なわけで……


「やっぱしチャンネルを新しく作る必要あるかな〜?」


 というのが僕の個人的な結論なのだが、それには糸佳が断固反対している。


「だからお兄ちゃん。ライブ配信するのに新しくチャンネル作ったところで誰も観に来る人なんていませんよ!!」


 実際、糸佳の言う通りだ。糸佳と僕のチャンネルであればそこそこ登録者数がいるので、ライブ配信の告知さえ行えば、それなりの人も集まるだろう。ただし、ライブ配信用に新しいチャンネルを作成するのはさすがに無謀とも言える。周囲に建物が一軒も立っていないような場所に、巨大なショッピングモールを建築するようなもんだ。ある程度集客の見込みを立てなくては……。


「じゃあ〜さ、未来みくちゃんのチャンネルで配信できないの?」


 それを提案したのは真奈海だ。……ん? 一体どういうことだ??


「無理だよ。あたし、あの子のアカウントなんて知らないもん」

「え、そういうもんなの?」


 美歌が真奈海に答える。てか今のはそもそも、美歌に対する質問だったのか。


「だったらお姉ちゃんが未来になればいいだけのことじゃん」

「それができたら苦労してないっつ〜の」

「え、そうなの? ……それってどういうこと?」

「あ……」


 美歌は口を滑らせてしまったような、非常にまずい顔をしている。

 そもそも一体誰が何の話をしているのだろう? 真奈海、美歌、美希のそれぞれが、何をどこまで把握しているのか全くわからない状況だった。そもそも僕にはほとんど話がついていけなかったが、それ以上に糸佳はさらにきょとんとした顔でその話の行方を見守っている。


「お姉ちゃん。今のどういう意味よ? ちゃんと説明して!!」

「だからあたしは……」

「ひょっとしてわたし、美歌ちゃんにまずいこと聞いちゃったかな?」


 普段飄々としている真奈海でさえも、気まずそうな顔をしている。

 僕はひとまずその場を落ち着かせるため、話を順に……まずは真奈海の発言した内容から確認したかった。前から予感はしていたことではあったけど、もし真奈海の言ったことの意味が正しいとするならば――


「ひょっとしてVTuberの未来って……もう一人の美歌なのか?」


 すると真奈海は、こくんと首を縦に振ったんだ。

 たしかに以前から真奈海はそれらしい話をしていた。四月の終わり頃か、美歌にもう一つの秘密があるとか、そんな話をしていた気がする。それが未来のことだったということか。


「わたしが地下のスタジオでダンスの練習するのとすれ違いで、美歌さんがよく作曲をやってたんだ。よく聴くとその曲、糸佳ちゃんがチェックしてた未来の曲とそっくり同じだったから、つい美歌さんともう一人の美歌さんが一緒に作ってたんだとばかり思ってたけど……」

「あたしとあの子の間にはそんな便利な連絡手段ないってば」


 そうか。真奈海は『私』の美歌と『あたし』の美歌が、もっと緊密に連絡が取り合えると思っていたんだ。だから、一緒に作曲していたとばかり思っていた。ところがこの二人は、そんなに思ってるほど便利な状況にない。むしろそれ以上に――


「お姉ちゃん! 今のってお姉ちゃんが自由に出てこられないってことなの!?」


 美希に核心を突く質問を問いかけられたが、美歌は何も答えようとしなかった。

 そう、これこそが美希に気づかれたくなかった美歌の真実であって、美歌が美希の前から姿を消した理由、そのものだったから。


「そんなの、仕方ないじゃん。だってあたしは……」


 美歌は美希からぷいと顔を逸らす。

 その横顔はもうこの世のものじゃないような、そんな冷たい目をしていて――

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