潜入! 管理人室!!
「……おい。これは一体どういうことだ?」
「だ〜か〜ら〜……」
場所はチロルハイムの管理人室。要するに僕の部屋だ。
今この部屋にいるのは、僕と美歌。男女二人だけ。別にやましいことをこれから始めようとしているわけではない。あくまで実力テストの追試対策をするつもりだったんだ。
僕はその場所に喫茶店『チロル』を提案したのだが、『店の中で晒し者とか最悪じゃない?』という理由で美歌に却下された。どうせ『チロル』に客なんて……ごほんごほん。さらにその上、『あんた、まさかあたしの部屋に押しかけるつもりじゃないわよね?』とか言われたら、自ずと僕の部屋しか選択肢がなかったのだ。
さて、問題は美歌の勉強の出来具合の方なのだが……。
「これでなぜ僕が教えることになったのか、そっちの方が聞きたいのだが……」
「いや、だから……あのね……」
「国語と英語に関しては、僕が教えられることは全くないぞ?」
「そもそも国語は得意教科だって、前にも言ったでしょ?」
「だったらなんで今回は赤点だったんだよ!?」
そう。今回の実力テストの問題を改めて美歌に解かせてみたところ、国語と英語に関しては平均点以上。国語に至ってはむしろ僕よりも上だ。社会や理科の科目も若干平均点には満たないものの、赤点になりそうな点数と言うほどでもない。
「だからできる科目を教えてもらっても意味ないから、早く数学教えなさいよ?」
「さっきから何度も言ってるけど、僕も数学は得意じゃないんだよ!!」
唯一苦手そうなのは美歌本人も認めてる通り、数学だった。が、残念なことに僕自身も数学はさほど得意な方ではないため、教えられるほどではない。プログラマである父龍太は当然数学は得意なのだが、残念なことにその辺り僕は母親似だったらしい。母は英語教師で、数学は僕と同様苦手だったもんな。
チロルハイムで数学が得意と言えば、糸佳くらいだろうか。それなら最初から糸佳に教われば何一つ問題ないはずなのだけど……糸佳のやつ、今日はどこへ行ったんだ!?
ちなみに真奈海はというと、ここだけの話、僕と成績はどっこいどっこい。正確には、若干僕より苦手なくらいだと思う。事務所的にはあまり成績が良くないことを口外されるのはNGらしく、文香には真奈海の成績をたとえ知ってしまったとしても誰にも喋るなとは言われてたりする。もっとも真奈海本人はというと、逆にそういう圧力っぽいものの方が大嫌いなんだそうで、むしろ真奈海からクラスメイトに対して自分の成績を暴露しそうになってるところを僕が慌てて口止めしてたりして。
「困ったなぁ〜。そしたらあたしが管理人さんから教わる教科、何もないよ?」
「だから最初からそう言ってるだろ!」
「そしたらあたしが管理人さんの部屋に来た理由、どこにもないじゃん!」
「いやだからそもそもここである必要もどこにもないだろ?」
「せっかく管理人さんの部屋に忍び込めたというのに……」
「あの〜美歌さん? 一体何をお望みで???」
てかそれこそ僕が担任に職員室にわざわざ呼び出された理由ってなんだったのか?
これでは明らかに呼び出され損である。
「あ〜あ、なんかつまんないな〜……」
「そうじゃなくて!! だったらなんであんなに赤点なんか取ったんだよ?」
すると美歌は罰が悪そうに口を尖らせて、こんな風にぼそっと返してきた。
「あれ、そもそもあたしが説いた回答じゃないのよ」
「は?」
その一瞬、美歌の言ってる言葉の意味がわからなかった。が、冷静になって考えると妙に合点してきた。でももしその僕の仮説が正しいとするならば――
「……ひょっとして、もう一人の美歌と、頭を共有できてないのか?」
「だから前から言ってるでしょ? あの子とあたしじゃ全くの別人なんだって!」
「得意教科と苦手教科が全く一致していないとか……」
「正解っ!」
美歌は得意満面の笑みでそう答えた。……いやそんなことで得意満面になられても、周りが迷惑なだけなのだが。
「あたしが国語が得意で、あの子は数学が得意なの」
「だったら他の教科は?」
「今回あたしが説いたのは数学だけだよ? 他は全部あの子の得点!」
「…………おい」
それこそ今日僕は何のために職員室に呼び出されたんだ……?
「あの子も本来なら暗記科目も得意なはずだけど、多分あれ勉強しなかったな」
「はぁ〜……」
「正確には、あの子、勉強の仕方そのものを知らないんじゃないかな〜?」
「なんじゃそりゃ……」
そういえば以前に美歌は、自分の意志ではもう一人の自分と入れ替わることができないとか言っていた気がする。その結果がこれだとすると、悲しいというか虚しいというか、つくづく美歌がかわいそうに思えてくる。
……ま、それでここまで開き直れるんだから美歌の性格とやらも大したものだが。
「だから何もしなくても、追試はうまく行くと思うよ〜」
「だったらなんで僕の部屋に押しかけてきた!?」
「え、楽しそうだったから?」
「……はい!?」
「数学さえ教えてもらえたら、何も言うことなかったんだけどなぁ〜」
「はいすみません全部僕が悪いってことでいいんですね当然納得はできないけど!」
すると美歌は僕の部屋の本棚に積まれていたラノベをさっと取り出すと、堂々とそれを読み始めた。どうやらしばらくこの部屋に居座るつもりのようだ。
とは言うものの、本当に追試の方は大丈夫なんだろうか?
もし仮にもう一人の美歌が追試を解き始めたら、また同じことが起きるのでは?
そのサイコロの目は神のみぞ知る。
大迷惑な事実を前に僕はなす術がなく、ただ深い溜息だけが漏れていた。
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