チロルハイムの四次元彼女は魔法使いになれるか

国民的女優春日瑠海とお好み焼き

喫茶店『チロル』

 喫茶店『チロル』――

 どこにでもあるような住宅街の一角に、ぽつんとその店はあった。

 最寄りの駅から歩いて二十分程度。それは決して近いとも思えない。周りにスーパーと言った商業施設があるわけでもなく、最寄りのコンビニですら早足で駆け抜けても五分くらいかかる。……いや、それを『都会者の贅沢な悩みじゃ!』と誰かに指摘されればその通りかもしれないけど、一応ここは日本の中心、東京都のすぐ隣町。というより、目の前にある坂を下ったすぐの場所に川があって、そこが都と県の境なのだから、この場所から見た大都会東京は、ある意味最寄り駅よりも近い場所と言っても過言ではない。だけど、そもそも『東京ってどこからどこまでのことを言うの?』と聞かれると随分と怪しい話だ。これは『東京』などという名目的なお話ではなくて、あくまでイメージのお話。


 僕の住む家、喫茶店『チロル』は、そんな閑静な住宅街にあった。

 今日も『チロル』には客らしい客がいるわけではなく、ショートボブの女子がひとりぽつんとカウンター席の向こう側で店番をしているのみ。一応この店には女子大生のアルバイトさんがいる時もあるけど、その女子大生は塾講師のバイトと掛け持ちで入っているため、平日の日中にいつもここにいるわけではない。


「お帰りなさい、お兄ちゃん!」

「ただいま」

「随分と遅かったですね?」

「今日は日直だったんだから遅くもなるだろ?」


 からんという音と共に僕の存在に気づき、カウンター席の向こう側から声をかけてきた女子は、僕の妹……


「ですよね。うちの担任っていい加減だから、あれじゃあ振り回される日直の人が可愛そうです! なんでも日直に仕事を押し付け過ぎじゃないですか!?」

「だな。糸佳も来週日直回ってくるんじゃなかったっけ?」

「それ、今思い出させないでください〜!!」


 ……確かに僕の妹ではあるのだけど、同じ学校に通うクラスメイトでもある。

 大山糸佳。僕の父親の再婚相手の連れ子。年は僕と同じ年であるが、糸佳の誕生日が六月三十日、僕の誕生日が六月二十七日ということで、僕の方がほんの僅かばかり早かったりする。その些細とも思える僅かな誤差が、糸佳が僕のことを『お兄ちゃん』と呼んでくる所以であるらしい。

 というより、この家の中で呼ばれるくらいなら全然構わないのだけど、学校の教室のしかも同じクラスの中で『お兄ちゃん』と呼ばれるのはさすがに違和感がある。それは本当に止めてくれと糸佳に言ってはいるのだが、『お兄ちゃんはお兄ちゃんです!』の一点張りで、一向に止めてくれそうにない。


 そもそも高校入学当初は親同士の再婚もまだだったので、その頃は僕のことを『優一くん』って呼んでいたのだ。見た目はそれほど華やかさはない糸佳であっても、その可愛らしい声で僕のことを名前で呼んでくれるのは少し照れくさい部分もあった。

 ところがそれから僅か二ヶ月ほど、去年の六月には親同士が結婚し、糸佳の呼び方が『優一くん』から『お兄ちゃん』へと謎の進化を遂げた。


 その進化は……大変申し訳無いが、あまり嬉しいものではない。

 学校の周りの目を気にした僕は、いてもたってもいられない複雑な気持ちに襲われたんだ。

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