第三十八話 女神(笑)とお話してみた。


 それからもほとんどのモンスターには逃げられたけど、相変わらずオーク・シャーマンという名のモンスターは戦ってくれた。

 けれどそれほど出現しない彼らを魔法や木の棒で何度か倒しても、やはりレベルは上がらない。


 いや、もういいよ。

 この草原でレベルを上げるのは諦めたから。


 昨日、あの巨人に負けたせいで次のレベルまでの経験値がリセットされてたもんね。どんなモンスターを倒してもここでは100も貰えないし、おまけに大抵のモンスターは逃げちゃうし……。

 うん、ボスを倒せたら次の場所に行こう。


「……お?」


 そんな風に考えながら歩いていたら、何やら巨大な岩の壁が横に広がった場所に出た。これ以上は進めそうになくて左右を見渡せば、右側に大きな岩の塊が円を描くように連なって置かれている。


「なんだろう?」


 不思議に思い近づいてみて、どういうことか理解した。


 どうやら無数の大きな岩の塊で円をつくった場所にボスがいるようだ。そしてそのボスの背後に、なにやら通り道のようなものがある。

 つまりあの円の中でボスと戦い、倒した者だけが次のエリアに進めると言うことなんだろう。

 ご丁寧に円を象った無数の岩には、パーティー規模で入れるように一つ分のスペースがあるし。


「うーんと、ボスは……」


 とりあえず遠くから、ボスの姿を確認する。

 ボスは見たところゴーレム系の魔物のようで、明らかにメカメカしい。例のダンジョンで見たギガース・ゴーレムほど大きくはないけど、それなりの大きさだ。きっと五メートルくらいはあると思う。

 足はなくて金属でできた達磨さんみたいな形の胴体から両腕が生えている。顔がどこにあるのか分からないけど、ゴーレムだからそもそも必要ないのかもしれない。


「つ、強そうだな……どうする? やっぱりまだやめとかないか?」

「……ええ、そうね。もう少しレベル上げないと無理そう。それに私たち二人だけじゃ厳しそうね」

 

 ボスを観察していると、周囲にいた男女のプレイヤーがそんな相談をしてから去って行った。ボスの姿を見て今回挑むのは見送ったらしい。

 たしかに東の草原で見たどんなモンスターよりも強そうだし、実際に強いだろうからね。戦うには心の準備やレベル上げが必要だろう。


「はぁーい、キティちゃん。もしかして、これからボスに一人で挑むつもり?」

「そのつもりですけど――って、えっ?」


 男女のプレイヤーを見送っていたら、近くにいたプレイヤーの一人に声を掛けられた。何気なく返事をして振り向けば、腰まで伸ばした赤髪に奇抜な化粧。スラリとした長身を台無しにするド派手なピンクのドレスに締まりのない笑み――。


 そこには『女神(笑)』ことディーテさんが立っていた。


「ど、どうしてここに?」

「いえね、キティちゃんが見つからなくて諦めて東の草原をぶらついていたの。そしたら、オーク・シャーマンを瞬殺するキティちゃんがいるじゃない? それでコッソリ後をつけてきたってわけぇ。見かけによらず強いから、アタシ、びっくりしちゃった」

「さ、さ、さいですか……」

 

 腰をくねらせながらウィンクしてみせたディーテさんに内心で嘔吐しつつ、私はゴーレムのように機械的な相槌を打った。

『気配感知』には引っ掛からなかったから、それなりに距離を取ってつけてきたのだろう。彼女(?)の執念に脱帽だ。


「と、ところで、その『キティちゃん』? って何ですか?」

「うっふ、可愛いでしょ? 子猫みたいに可愛いけど、猫被ったような強さだから『キティちゃん』――どう? 素敵なニックネームだと思わなぁい?」

「え、あ、う……は、はい、ふひ。す、素敵ですね」


 身を屈め、顔をずいっと寄せてきたディーテさんに圧を感じ、私は眼を逸らしながら頷いた。

 ひぇ、こ、怖いよっ!

 否定したら「お前を三味線にしてやろうかぁぁ!」と言われそうな圧迫感がある。いや、きっと私が勝手にビビってるだけだと思うけど、ここで波風立てる度胸はない。


「あ、あのディーテさん。私はアンズって名前なので、で、できればそう呼んでいただけると……う、嬉しいです、ふひっ」


 ディーテさんは怖いけど、そんな国民的ギフト会社を敵に回すようなあだ名だけはまっぴらごめんだよ。

 仕方ないので自己紹介する。


「あらそう? へぇ、アンズちゃんって名前なの? やだ、か・わ・い・いぃ」

「あ、あ、あは、あははは」


 もう、笑っとけ笑っとけ。

 頬に手を当てくねくねダンスをするディーテさんには、もはや怖気しか感じないけど、それでもなんとかこの場をやり過ごすんだ。

 

「あれぇ? ところでアンズちゃん、アタシ、アンズちゃんに名前を教えたかしらん?」

「うふぇっ? あ、いやあの……なんとなくっ! 直感でっ! ディーテさんってディーテって名前がピッタリだなぁって思ってっ! 本当にっ! 別に誰かに聞いたとかじゃなくてっ!」


 我ながら驚くほど大きな声で、ディーテさんの疑問を誤魔化しにかかる。

 自分でも誤魔化せる要素が声の大きさくらいしかないとわかるけれど、オガミさんや鉄心さんを売るわけにはいかない。

 もちろん、あの二人に申し訳ないと言う気持ちもある。しかし一番の理由は、あの二人も怒らせたら怖そうだからね。ここは何とか黙っておかないと。


「『ディーテという名前がアタシにピッタリ』ですって? アンズちゃん、あなた……」

「ひょ、ひょえっ?」


 私の言葉に肩をブルブルと震わせ顔を俯かせたディーテさんが、まるで地獄から響くようなおどろおどろしい低い声を出した。

 そして――。

「あなた、わかっているじゃなーいっ!」

「ひぇ、ごめんなさ――っへ?」


 顔を上げたディーテさんの表情は特大の笑顔で、どうやら怒っているわけではなさそうだ。


「そうなのよ。このディーテって名前は、『美の女神アフロディーテ』にあやかって付けたの。あなたが直感で思いつくほど、まさにアタシにピッタリってわけ」

「アフロディーテ……なるほど」


 ふむふむ。だからディーテさんのあだ名が『女神(笑)』だったのか。

 私は内心で何度も深く頷いた。


「たしかに、ディーテさんって美人さんですもんね」

「……へっ?」


 いや、正直なところ子どもの悪戯のような化粧や派手過ぎるピンクのフリフリドレスは意味分かんないけど、ディーテさんは顔自体は整っている。

 本人が『美の女神』から名前を取るのも頷けると言うものだ。

 これが私なら、「ナルシ乙」と馬鹿にされることだろう。


「アンズちゃん……あなた、私を美人だと言ってくれるのぉ?」

「え? もちろんですよ。ディーテさん、顔だけ・・見れば文句なしの美人だし」


 何気なく頷いた私に、再び身体をブルブルと震わせたディーテさんが眼に涙を湛え始めた。


「え、あ、あの?」

「あ、アンズちゃあぁんっ!」

「ぎょえっ?」


 そして辛抱たまらんとばかりに私へ飛び掛かってきたディーテさん……しかし。


「あびゃぁっ!」


 ディーテさんは私へ触れる前に、見えない壁に弾き飛ばされるように吹き飛んだ。いったい何が起こったんだろう?


――ガード機能が発動しました。以下の項目から選択してください。

――プレイヤー名:ディーテをガード対象から除外する。

――プレイヤー名:ディーテをGM報告する。

――キャンセル。


「えっと……」


 突然表示されたウィンドウに戸惑いながら、草原に這いつくばるドレス姿のディーテさんを見た。

 少し悩んだけれど、その哀れ極まりない姿に免じて通報はせず『キャンセル』を選んだ。

『ガード対象からの除外』? もちろん、そんなのしないよ。


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