第三十七話 送還してみた。


『ギギィ?』


 カマちゃんは不思議そうに目の前のプレイヤーを見下ろし、首を傾げる。

 対するプレイヤーのおじさん、通称『ナンレべおじさん』は固まったまま微動だにしない。多分だけど、動いた瞬間に攻撃されると本能的に思い込んでいるんだろう。

 

 だけど私がカマちゃんに指示したのは『この周辺にいるモンスターへの攻撃』であって、そこにプレイヤーは含まれていない。だからおじさんが動いたところで、きっとカマちゃんは攻撃なんてしないと思う。


 もちろん、焦ったおじさんがカマちゃんへ攻撃しちゃったら、どうなるかは分からないけど。


「ひ、ひぇ……こ、こいつモンスターか? ボスか? 徘徊型のボスなのか? こ、こんなの聞いてないぞ……」


 顔中に汗をびっしり浮かべながら、おじさんが腰元の剣の柄をゆっくりと掴んだ。

 どうやら戦うことを選んだようだ。

 

 けれどどうしようかな。

 このままおじさんとカマちゃんを戦わせてしまっていいんだろうか?

 カマちゃんが負けるとは思わないけど、おじさんに勝っちゃっても気まずいし……うーん。


 悩んでいた私の『気配感知』にモンスターが引っ掛かった。

 どうやらモンスターはシルバー・ドッグのようで、対峙するカマちゃんたちを気にした様子もなくおじさんへと飛びかかる。

 その瞬間――。


『ギャンっ?』


 私の命令を忠実に守るカマちゃんが、間合いに入ったシルバー・ドッグを瞬く間に鎌で斬り裂いた。

 ただの一撃で絶命するモンスターと、そしてそれを大口開けて見るおじさん。


 あの様子から見るに、どうやらカマちゃんがいつ鎌を動かしたのか、それどころか何をしたのかすらよく分かっていないようだ。

 けれどその「わからない」という事実を前にして、自分ではカマちゃんに勝てないことが「わかった」みたい。

 

 剣の柄からゆっくりと手を離し、カマちゃんの方へ顔を向けたまま一歩一歩下がっていく。

 これなんだっけ?

 たしか熊と遭遇した時の対処法?


 そんな感じで距離を取ろうとするおじさんへ、カマちゃんは興味を無くしたようにあっさりと背を向けた。そして周囲にいるモンスターを再び襲い始める。

 その圧倒的な蹂躙を前にして、今度こそおじさんは「あ、あひゃあぁぁぁ!」と謎の奇声を発して駆け出した。

 

 別にカマちゃんに殺されたところで現実で死ぬわけじゃないけど、その逃げっぷりは鬼気迫るものがある。

 ま、カマちゃんが怖いから仕方ないね。


「うーんと……よし、カマちゃん。お疲れ様」


 おじさんが完全に見えなくなったのを確認して、私はカマちゃんを送還した。本当はレベルも上がってないからもう少し頑張って欲しかったけど、おじさんが人を連れて戻ってきたら面倒なことになりそうだし。

 次は間違いなく戦闘になってしまうはずだ。それはちょっと、心の準備ができていない。そもそもそんなに気軽に人と戦えるなら、最初からオフラインの格ゲーなんてやり込んでないよね。


「仕方ない、ボスのところまで行こう。ボスならきっと逃げないでしょ」


 ボスがどのくらいの強さか知らないけど、私の称号に影響を受けて逃げたりはしないだろう。そして昨日戦った巨人より強いってこともないはず……ないよね?


 とにもかくにも草原の奥にいるらしいボスを目指して、私はのんびりと歩き出した。

 この周囲にはどうも私の持つ称号に怯むモンスターばかりで、まともな戦闘にならない。戦う前にみんな逃げちゃうのだ。

 さっきまではそんなモンスターたちを追いかけて倒していたけど、もうそれもやめた。今思い出したんだけど、『来るものも拒まず去る者追わず』――それが私のモットーって奴なのだ。


「……うん?」


 そんな適当なことを思い浮かべていた私の前に、この草原で初めて見るモンスターが現れた。

 背は大人よりも一回り大きいくらいで、黒いローブを着ているから分かりにくいけど横にも太い。露出している肌は土色をしていて、狼と豚を合わせたような顔はちょっと化け物染みている。

 現実であったら気絶しちゃうくらい不気味だ。

 

『ふごっ!』


 目が合ったそのモンスターは持っていた短剣を振りかざすと、怯むことなくこちらに走り寄って来た。その様子を見るに、おそらくは私の持っている称号とは関係ない系統なんだろう。

 やる気満々のその眼――いいね、ゾクゾクするよ。


「やっぱり倒すなら、好戦的な相手がいい――『ファイヤー・ボール』っ!」


 私は素早く木の棒をモンスターへ向けると、魔法を発動させる。


 するとモンスターは近づくのをやめ、『ふごご、ふごっ!』と謎の身振り手振りをしてから短剣を振るう。

 その途端にモンスターの前に土でできた壁が現れ、私の生み出した『ファイヤー・ボール』と衝突した。


「あっ! 防御するなんてズル――」

『ふがぁぁっ』


 見かけによらず相手が魔法を使ったことに抗議しようとしたけれど、私の『ファイヤー・ボール』は土壁をぶっ壊してモンスターに直撃。

 たったの一撃で相手を爆散させてしまった。


――オーク・シャーマンを討伐しました。経験値70を獲得しました。


「……あらら。思ったよりも弱かった」

 

 大きな体と突然使った魔法には驚いたけど、それほど強いモンスターではなかったみたい。

 けどこの草原では初めて見るし、今後も会えるとは限らないから素材は回収しておこう。


――【オークの牙】を入手しました。

――入手したアイテムをアイテムポーチ(小)にしまいました。


 あれ?

 そういえばオーク・シャーマンって、どこかで誰かに聞いたような気がするけど……ま、気のせいだよね。


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