第三十五話 振り返らずに前だけをみた。
ディーテさんが周辺から立ち去ったので、匿ってくれた鉄心さんとヤン――オガミさんと別れ、私はモンスターと戦うことにした。オガミさんもこれからボスと戦うみたいだし、私も負けていられない。
ということで、まず向かったのは東の草原。
昨日は黒羽さんやアリンちゃんと西にあるパロン草原で冒険をしたけれど、序盤のフィールドでは東の草原が一番モンスターのレベルが高いと聞いたからね。
ここで通用するのであれば、とにかく序盤で苦戦することはないと思う。
「うーん……パロン草原の敵も弱かったから大丈夫だと思うけど、東の草原はどんなモンスターが出るのかな?」
NPCやプレイヤーで賑わう街を外れて歩いていると、目の前に草の生い茂る草原が現れた。入口には文字の書かれた立て札が置かれていたので近寄ってみることにする。
「えーと、なになに? 『これよりエディン草原(通称:東の草原)』――これだけかいっ!」
まぁ、遠目からでも分かっていたけどね。わざわざ立て札まで出してあるのは現実的だけど、これって必要かな? たしかパロン草原の入口にはそんなのなかったし。
「あっ! もしかして、この看板を壊したら何か出てきたり?」
あまりこういったゲームをしたことはないけど、裏ルートや隠された条件を達成することで何らかのギミックが働くと言う話は聞いたことがある。
一見すると見過ごしてしまいそうな物にも、何か意味が隠されているのかもしれない。
「ていっ!」
取りあえず持っていた木の棒を立て札に叩きつける。すると立て札は見事砕け散り、あとには散らばった札の残骸と札と繋がっていた木製の棒だけが取り残された。その状態でちょっと待ったけれど、結局何も起こらない。
どうやら何の意味もなかったようだけど、これじゃあ単なる器物破損の現行犯だよ。
「……えっと、ど、どうしよう」
素早く周囲を確認すれば、幸いこちらを向いている人はいないようで……。
私はバレる前にさりげなく、辺りに散らばった看板の欠片を回収しようと手を伸ばす。そしてそれに手が触れた瞬間だった。
――【アソカの木片】を入手しました。
「あびゃ――っ?」
突然響いたアナウンス音にびっくりして、思わず飛び上がってしまう。
幸いにも驚きすぎて、逆にあまり声が出なかったために他の人が注目してる様子はない。そ、それは良かった、良かったんだけど――心臓に良くないよっ!
「こ、こんなのばっかじゃん、もうっ!」
この前も噴水に座った時のアナウンス音に驚かされたけど、まさか看板の欠片まで回収できるとは思わなかったんだよ。アイテムポーチに仕舞われたみたいだけど、何の役に立つんだろう?
考えるのはとにかく後回しにして、さりげなく立て札から離れる。そして素知らぬ顔で東の草原(さっき知ったけどそれは通称で、本来はエディン草原と言うらしい)へと足を踏み入れる。
「よ、よーしっ! さぁ、探索探索。レベル上げレベル上げー。今日も一日頑張るぞー」
強さとは、振り返らないこと――そんな風に今決めたので、私は自分の行いも失態も背後に残された立て札(だった物)も振り返らないことにした。
セーフティーエリアを出る感覚がした後、一気に草花の香りが鼻先をくすぐって来る。うん、いい香りだよ。
本当にリアリティーがあって、これが仮想世界だなんて信じられない。
「ううぅんー、風が気持ちいいっ!」
横にした木の棒を両手で持ってぐぅーんと伸びをする。すると草に紛れてこちらの方へ顔を向けていた、全身がレンガを積み重ねて作ったようなモンスターと目が遭った。
何となく雰囲気が
よーし、さっそく戦闘――ってあれ?
「――ちょ、ちょっとっ? どこ行くのっ?」
私と目が遭ったはずのゴーレム君は、その外見通りに緩やかな動きながらこちらへ背を向け駆け出した。
それは間違いなく『逃走』と呼ばれる行為である。
「ど、どうしてそんな――あっ!」
野生のモンスターらしくないその行動に少し考えて、私はすぐにステータス画面を呼び出した。
「えぇっと……あ、これだっ!」
称号の欄を呼び出してお目当ての称号とオプション効果を表示させる。
『ゴーレム・クラッシャー』
危険度A以上のゴーレム系の魔物を10体以上ソロ討伐した者に贈られる称号。ゴーレム系モンスターに与える攻撃が10%上乗せされ、戦闘も回避しやすくなる――心無き
そうだった。
この称号のせいであのダンジョンでも、出る少し前くらいからギガース・ゴーレムたちもあんまり近寄ってこなくなったんだった……。
他にも似たような称号があるけど、昨日はパロン草原で普通に戦えてたから忘れてたよ。きっとパロン・タートルやパロン・フロッグは、称号にない系統のモンスターだったんだろうね。
「ぐぬぬ……ま、追いかければいいか」
こんなに悠長なことをしていても、鈍足なゴーレム君はまだ視界の中に収まっている。
私は素早く草原を駆け抜け、あっと言う間にゴーレム君に追いついた。
『ギ、ギィっ!』
心なしか心がないはずのゴーレム君が怯えたような声を出した気がしたけど――うん、気のせいだよね?
容赦せずに掲げていた木の棒を振り下ろせば、ゴーレム君の身体は見事に砕け散って周囲に散らばった。
――ブロック・ゴーレムを討伐しました。経験値56を獲得しました。
「へぇ、『ブロック・ゴーレム』って言うんだ? やっぱりそのまんまの名前だね」
分かりやすいし覚えやすいからいいけど、なんだか味気ないなぁ。
――【
――入手したアイテムをアイテムポーチ(小)にしまいました。
転がったゴーレム君の欠片に触れてアイテムを回収し、昨日素材屋さんに譲ってもらった小さな巾着袋に収納する。
でもやっぱり小さいから、きっとすぐに容量がいっぱいになってしまうはずだ。ゴーレム君は普通に出現するだろうし、このアイテムもあんまり珍しくなさそうだから次からは回収しないでおこうかな。
もっと見るからに『レア』って感じの素材やアイテムだけを回収しよう。それ以外のモンスターはぜーんぶ、経験値ってことでいいや。
よーし!
狩って、狩って、狩りまくるぞー!
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