第三十四話 こっそり隠れて様子をみた。


  

 その金髪のヤンキーが訪れたのは、ゲーム内でも割と名が知られた鍛冶師が始まりの町に出している出張の露店だった。ヤンキーは露店の主である中年の男を見つけて声を掛ける。


「……どうも、鉄心さん」


 ヤンキーに名を呼ばれた中年の男――鉄心というプレイヤーは、声をかけて来た人間を見て相好を崩した


「うん? お、オガミじゃねーか。早かったな」

「連絡もらった時、割と近くにいたんで」


 なんとこのヤンキー、ヤンキーのくせに拙いながらも敬語を使っている。いつもであれば「ああん?」や「あ?」が話の頭につくはずなのに……何か鉄心と言うプレイヤーに弱みでも握られているのだろうか?


「そうか。それじゃあ、これが頼まれてた奴だ。確認してくれ」


 露店の主が手を翳すと、そこから鞘に納められたまま一振りの剣が現れた。柄の模様と言い鞘の拵えと言い、なかなかの業物であることが鞘に収まったままでも分かる。


「……いい剣っすね」


 その剣を受け取り、ひとしきり眺めた後にヤンキーが言った。おそらく舐めるように見ながら、本人にしか見えないシステム的なものを確認していたのだろう。ただ、傍から見たら凶器を熱心に見ているちょっと危ない人にしか見えない。


「こっちも後金払います。確認してください」

「おう……たしかに。まぁ、大事に使ってくれや」

「それは無理っす。これからデネス街道のボス行くんで」

「ほう……やっとか」

「結構手強いっていうんで、ちょっと準備しようと思って」


 ヤンキーは両腰に携えていた剣のうち右の剣をアイテムポーチへと仕舞い、代わりに受け取ったばかりの剣を装備した。


「ボスに挑むのはいつもの面子か?」

「ええ。俺と黒羽、ピノとシェリーで行きます。明日は宝探しイベントがあるんで、その前に一回くらいは」

「どうだ? 勝てそうか?」

「どうっすかね。今でレベル53ですが、最近はどうにも上がりにくくって」

「レベル53? はぁ、さすがだな。ゲーム内じゃやっぱりお前が一番――いや、少なくとも二番目か……」

「ん? なんすか?」


 ヤンキーの言葉に、視線を露店の隅にある箱へ一瞬だけ向けた鉄心。しかし、すぐに何事もなかったかのように首を横に振った。


「なんでもないさ。気を付けて行って来いよ」

「うっす……ん?」


 別れの挨拶をすませ踵を返そうとしたヤンキーは、何やら陽気な足取りで近づいてくる人影に気付き立ち止まった。


「――んんん?」


 その人影もヤンキーに気付いたのか、腰をくねらせながら首を傾げる。

 ヤンキー同様にスラリとした長身と、腰まで伸ばした赤色の髪。毒々しい色の口紅を差した唇と過剰にメイクアップされた頬。

 一体どんなゲームアイテムを使っているのか目元までパッチリとさせた化粧がなされ、身を纏うピンクのドレスもフリルなどの装飾過多だ。

 間違っても常人の感性で着こなすのは不可能だろう。 


「やぁっぱりっ! オガミちゃーんっ!」


 その奇抜なファッションで身を包んだ人物から嬉しそうに発せられたのは、あまりにギャップがありすぎる低音ボイス。目を閉じて聞く分には癒されそうだが、本人と相対したまま聞くのは嫌すぎる。

 顔の造形自体は整っているため恰好だけでは分かりにくいが、声を出されると明らかに男であることが分かった。


 彼は気色の悪い――違った、喜色たっぷりに笑みを浮かべて小走りでヤンキーへと近寄る。


「……ディーテか。久しぶりじゃねぇーか」


 ヤンキーはこれだけインパクトが強い人間が迫ってきたにも拘わらず、特に表情を変えることなく片手を上げた。


「ホントーに、ご無沙汰ねっ。どぉ? 元気だった?」


 腰をくねらせ、やはり低音ボイスで問いかけるディーテと呼ばれたプレイヤー。どうやら二人には面識があるようだ。


「問題ねぇーよ。てめぇーは?」

「上、上、よっ! お肌の調子も良いしー、さっき可愛い子も見かけたしっ!」

「……『可愛い子』?」

「そうなのよー。あ、そうだ、ねぇオガミちゃん。さっきこの辺りでぇ、銀色の髪と紫の瞳をした小さな女の子見かけなかった?」

「……あん?」

「声を掛けたら逃げちゃったのよー。すっごく可愛かったからお友達になって欲しかったのに……あの子、すごい逃げ足だったわ」


 両掌を組み、小首を傾げてあざとくヤンキーを上目遣いで見るディーテ。はっきり言ってヤンキー相手にメンチを切っているようにしか見えないけどね。


「ねぇ、オガミちゃんは見かけなかった?」

「……いや。今日はまだ・・見てねぇーな」

「あらぁ、そうなの? まっ、正直者のオガミちゃんが言うなら間違いないわね。じゃあもし見かけたら連絡くれないかしらん?」

「めんどくせぇー。それにこれからボス戦だ。そんな暇ねぇーよ」

「そうなのっ? アタシもご一緒していいかしらぁ?」 


 ヤンキーに素っ気なく断られたにも拘らず、ディーテは興味津々と言わんばかりに目をキラキラさせて問いかける。(実際に何かゲーム機能を使ったのか、ディーテの目の周りにお星さまが飛んでいるのだ)

 

「あっ? マジで言ってんのか?」


 ディーテの言葉を受けてヤンキーはヤンキーらしくヤンキーのようなドスの利いた声を出すと、右手を彼へ差し出した。


「腕のいい聖職者のてめぇーが来てくれんなら助かる。あいつらも喜ぶはずだ」

「そう言ってもらえると、嬉しいわぁ……だ、け、ど――」


 言葉通り嬉しそうに腰をくねらせたディーテは、ヤンキーの差し出した手を取らずに首をゆっくり横に振って赤の長髪をさらさらと揺らす。

 

「――やっぱり遠慮しておくわ。アタシがいたら、あのワンちゃんが妬いちゃうから」

「……あん? てめぇ、なに言ってんだ?」

「うっふ。相変わらず、鈍感なんだからぁー」


 眉間の皺を深くさせたヤンキーに、ディーテは「デキる女風」の笑みを浮かべてウィンクしてみせた――殴りたい。


「ちっ、殴りてぇ……」


 どうやらヤンキーも同じことを思ったようだ。

 やっぱりイラっと来るよね?


「うっふ。それじゃあ、ガ、ン、バ、レっ! アタシはもう少し銀髪の娘を探してみるからぁ」

「ああ、じゃあな」


 来た時と同じように軽快な足取りで去って行くディーテ。

 その姿が完全に見えなくなってから、今まで完全に気配を殺し空気と化していた鉄心がヤンキーへと視線を向ける。


「――あれが『女神(笑)』の異名を持つ聖職者、ディーテか。なんというか……すごい破壊力だな」

「えぇ。ちょっと恰好は悪目立ちしてますけど、腕はたしかですよ。そんで……」


 そこでヤンキーは不自然に言葉を切ると、露店の一角に置かれた箱を見た。


「……いるんだろ? 出て来いよ、アンズ」


 なんとっ! どうやら見破られていたらしい。

 

「でへ、でへへ……」


 奇抜赤髪のディーテさんから、逃げている途中に飛び込んだ露店の空き箱。

 その中にいたことがヤンキーことオガミさんにあっさりとバレた私は、ぎこちない笑みを浮かべてゆっくりと立ち上がった。

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