第二十九話 挑んでみた。


「ほ、本当に何も見えないの?」

「ええ。もしかしたら見えるのに特別な条件が必要なのかもしれませんね。あっ、アンズさんに虚言癖があったり、幻覚が見えてたりする場合は別ですけど」

「ひ、酷い扱い……」


 がっくりと落ち込んでいた私に、湖の辺りを丹念に見ていたアリンちゃんが向き直って視線を向けてくる。そして何だか妙な顔をした。


「ど、どうかしたかな?」

「……いえ。なんだか残念ことばかり言ってるのでどんな人かと思ったんですが、容姿はとても可愛らしいですね」

「へ? い、い、いま……今、わた私に可愛いって言った?」

「はい。とても高校生には見えませんけど、アンズさん可愛いですよ?」

「――っ!」


 嬉しい、すごく嬉しい。

 こんなに可愛い娘に可愛いって言われちゃったら、もう私を超える美少女なんてこの世にいないんじゃないかな? いやまぁ、「高校生には見えない」ってのは余計だけど。


「それで? 結局見えませんでしたけど、どうしましょう? まぁ別に、私も本気で素材を貰えると思ってたわけじゃないのでいいんですけど」

「あ……い、いや悪いよ。だって『夜目』スキルが……」

「いいんですよ。ここでモンスターと戦っていればそのうち暗視薬も切れるでしょう。そしたらまた、一から頑張りますよ。どのみちレベルは上げないといけないんですし、あまり影響はありません」

「あ、アリンちゃん……」


 な、なんて良い娘なんだ。この娘、『夜目』スキルは取得してなくても『嫁』スキルはカンストだよ。こ、こんなお嫁さんになりたい……もしくは欲しい。こんな嫁になら、いくらでも素材を上げてもいいよ。あ、もしかして女の子に貢ぐプレイヤーってこんな気持ちなのかも。


 こんないい娘に私は嘘を付いてしまったのか。たしかに一つ目の巨人がいるのは嘘じゃないんだけど、アリンちゃんに見えないなら嘘を付いたも同然だ。私はなんて駄目な人間なんだ……かくなる上は、どうにか巨人の存在を証明するしかない。


 巨人を見上げると、相手もこちらを見下ろしてくる。う……やっぱり怖い。


――条件を満たしました。『闇に潜む単眼の巨人』との戦闘が可能です。戦闘を開始しますか? YES/NO


 再びメッセージが表示され、湖の巨人が身を乗り出してくる。ひ、ひぃ……。


「で、でも戦えばきっとわかってくれるよね?」


 もしかしたら勝てないかもしれない。だって相手はジャイアント・マンティスよりもずっと大きいし、こんな風にメッセージが出るぐらいだから一人じゃ厳しい相手なのかも。

 

 けど勝てなくったっていい。そこに何かがいるってことだけでも分かってもらえたら……それに、だ。

 私は何のためにこの世界にいるんだ? 戦うためでしょう。ならここで退くのはらしくないよね?


「こ、こいよデカブツっ! 『化け物を倒していいのはいつも人間だけだ』みたいなことを誰かが言ってたような気がするっ」


 どこかのネットで読んだふわっとした記憶の名言を口に出して、私はYESを選択した。その瞬間、湖から巨人が飛び上がり、私のいるところ目掛けて落下してきた。


「ひ、ひえぇぇぇ?」

「な、何をするんですか?」


 傍にいたアリンちゃんの腰元をタックルしながら突き飛ばし、巨人の落下地点から距離をとる――そして轟音。


 見れば巨人の足元は陥没し、そこに嵌って動けなくなっている。す、すごい間抜けだけど、あの一撃を喰らっていれば、きっと私は一発でやられてたと思う。そしてこの瞬間、無防備な巨人を攻撃する絶好のチャンスだ。


「な、何が起きてるんです?」

「アリンちゃん、少し離れていて。い、今、湖にいた怪物と戦っているの」

「……何故そんな事に……」


 何だか納得いかなそうなアリンちゃんを下がらせ、私は木の棒を相手に向けて構える。


「えーと……これだ『フレイム・ストリーム』っ!」


 覚えていた魔法の中で、MPを150も消費する魔法を使ってみた。私の木の棒から放たれた真っ直ぐの太い火の筋の周りを、幾重いくえもの火が螺旋らせんするように渦巻いている。そしてそれは、足を地面から抜こうとしてた巨人に直撃し爆散。


『ヴォオオっ!』


 結構効いたのか、巨人が雄叫びを上げてこちらを睨みつけてくる。なにさ、そっちが先に私たちを踏みつぶそうとしたくせに。


「す、すごいっ! アンズさんって私と同じ魔法使いクラスだったんですね」

「え? 違うよ、私は魔剣士クラスだよ――とっ」

「魔剣士? まけ……ええっ! あの魔剣士?」


 遠くから見ていたアリンちゃんに聞かれたのでそう返してから、身の危険を感じて後ろに飛び退く。

 殆どそれと同時に巨人から振り下ろされた右の拳が、私の居た場所を襲って地面に亀裂を起こさせた。

 この巨人、一撃一撃が強いなぁ。


「ていっ!」


 相手が振り下ろした拳を足掛かりに腕を駆け上ってから跳躍し、一気に巨人の頭上まで飛びあがる。そして脳天目掛けて木の棒を振り下ろすが、首だけ捻ってひょいっと躱されてしまった。


「うおっとっとと」


 勢いあまって俯せの状態のまま落下しそうになったので、空中で何とか身を捻って足から着地。つま先が付いた瞬間に地を蹴って、一気に巨人に迫る。


『グォっ!』


 巨人は近づいてくるこちらへ向かって足を振り上げて見せた。たぶん私を引き付けておいてから、足をおろして踏みつけるつもりなんだろう。

 ふふ、面白い。


 距離を取ってから魔法を放つ事もできたけれど、私はあえてそのまま巨人へと駆ける。いや、そのままではなくむしろ加速して――迫る。


『グオオォっ?』

 

 想定外の速度で迫ったからか、巨人は慌てたように振り上げていた足をおろし、こちらを踏み潰そうと――。


「遅い、よっ!」


 振り下ろされた足を背後において、僅かな差で私が巨人の足よりも速く相手の身体へと到達した。そして後ろへと回り込んでから直ぐに反転し、巨人の背中と相対する。


『グっ』

「『フレイム・ストリーム』っ!」

『グアァっ!』


 巨人が左手を振り回しながらこちらへ向き直るより早く、魔法を放つ。背中に直撃を受けた巨人は、強い力で押されたように俯せに身体を前へと投げ出した。


 巨人が地面を転がったことで周囲に轟音が響き、アリンちゃんが不安そうに周囲を見渡す。

 まぁ、姿が見えていなかったら地震でも起こっているような気がするよね。おまけに暗視薬のお陰で多分巨人以外の姿は見えてるんだろうし。不自然に潰れる草や上がる砂ぼこり。

 うん、考えただけでもわけが分からないよ。


『ギィアアアアァァァァァっ!』

「うへっ?」


 私がアリンちゃんに気を取られているうちに立ち上がった巨人が、突然一つしかない目を赤く光らせて叫び声をあげた。な、なにこれ? なんか一気にやばそうな雰囲気になったんですけど……。

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