第二十八話 賭けに負けてみた。
湖の水面から
――条件を満たしました。『闇に潜む単眼の巨人』との戦闘が可能です。戦闘を開始しますか? YES/NO
そんなメッセージが表示され、湖の中で身動ぎもしなかった巨人さんが身を乗り出すように顔を近づけてきた。迷わずNOを選択すると、再びのっそりと身を引いた。
「どうしたんですか?」
「べ、べ、べつにびびったわけじゃねぇーし? ただ今日はちょっと……しゃ、喋りすぎて舌が
「……いや、本当にどうしたんですか?」
NOを選んだ言い訳――じゃないや、正当な理由を主張した私に、アリンちゃんが怪訝そうな顔を向けてきた。えっ? あれが本当に見えてないの?
「あ、アリンちゃん、あの湖にいる化け物が見えないの?」
「へ? うーん、暗くて良く分からないです。昼間に一度来たのでこの辺に湖があることは分かりますが、特に変わったこともなかったし……」
「じゃ、じゃあさっきの。あの暗視薬って奴を飲んで湖を見てよ。きっとおったまげるはずだよ」
「『おったまげる』って……」
人の言葉のチョイスに物言いたげな顔をしながらも、アリンちゃんは掌の上に暗視薬を出現させた。けれど直ぐには飲まず、少し悩むような視線をこちらへ向ける。
「あの、これを飲んだらしばらく暗闇が見えるようになるんですけど」
「いいことじゃないっ! それを飲んで、あの化け物を確認してよ」
「いえ、暗闇が見えると『夜目』スキル取得に影響が……」
「……明日の晩、また頑張ろう?」
無言でチョップを額に落とされた。痛くないけどこれってフレンドリーファイアとか言う奴にはならないの?
「さっきのはコミュニケーション用のツッコミアクションです。ダメージも負わないし、ガード対象から除外してなければ寸前で止まります」
「へぇ、べ、便利なのがあるんだね」
コミュニケーションとか縁遠すぎてどうでもいいけど、私もいつかアリンちゃんに使いたいな。なんかいいフリしてくれないかな?
「さっきも言いましたけど、暗視薬って序盤にしては1000ジニーと高いんですよ? そのうえ『夜目』スキル取得に影響が出るし……これで湖に何にもいなかったらどうします?」
「え? いや、いるんだって。飲めば分かるって。私が信じられないの?」
「……申し訳ないですが、出会ってからのこれまでの言動を考えるに、すみませんが……本当にすみません」
「な、何回謝るの?」
そんなに不信になるような言動したかな? インパクトあるのは精々『パンティーください』ぐらいだけど……あ、こりゃ駄目だ。
でも信じてくれないならこちらも何かリスクを冒すしかない。飲めば絶対気付いてくれるはずだし、アリンちゃんにもちゃんと驚いて欲しい。
よーしこうなったら……。
「分かった。も、もしその薬を飲んで何にも見えなかったら、私の持ってる素材の中で一番いいのを上げる」
「……それはつまり、『ボス素材も含めて一番いいの』と言う事ですか?」
おや、喰いついてきたぞ。意外とシビアだなぁこの娘。
「ま、まぁそういうことになるね。とにかく私が持っている素材の中で一番いいものだよ」
「ちなみにボスは序盤の三体とも倒してるんですか?」
「へ? あ、そう言えば私、ボスは一度も倒してないや」
すっかり忘れてたけど、まだボス戦未経験だった。いやだってあのダンジョンにもボスいなかったし。ボスと出会う機会がまずなかったから仕方ないよね。
「……まぁソロプみたいですし、ボス戦は厳しいんでしょうね。ちなみに、東の草原で出る一番強いMOBはオークシャーマンらしいですね。何でも大きな体で剣も魔法も長けているとか」
「へぇ、そうなんだ。東の草原って行ったことないからなぁ。場所もわかんないし」
「……」
あれ? あからさまにアリンちゃんが興味を失っちゃってる。こ、これは不味い。なにかアリンちゃんの興味を引くことを言わないと。
「あ、ち、ちなみにっ!」
「はい?」
「私のプレイヤーレベルは82です。これがどういう意味か分かりますか?」
「……」
あれれ?
一気にアリンちゃんの顔が興味を失うどころか、こちらに対する好感度を失ってしまったみたいな表情に。普通ここ、喰いついてくるところだよね? 「なん……だと?」的な驚きの言葉を期待してたのに。
このゲームの最前線攻略組でも50そこそこって聞いてたけど、もしかしてアリンちゃんにとって82って、大したことないのかな?
「はぁ。分かりました、飲みますよ。どうしてそこまで私に暗視薬を飲ませたいか知りませんけど、まったくアンズさんには勝てませんね」
少し不安だったけど、アリンちゃんが仕方なさそうに肩を竦めて、そして笑ってくれた。出会ってから初めて見るような、そんな奇麗な表情だった。
これは仲良くなるチャンスかもしれない。頑張ってちょっと会話を広げてみよう。
「え、い、良いの? ね、ねぇ? どのへんで飲もうと思った? 私のレベルが82ってことに驚いてくれたの? 内心ではちょっと尊敬の念を感じてくれたりする? あ、私、弟子とか取ってみたりしてもいいなぁとか思ったりするんだけど――」
「……ちょっと薬飲むんで静かにしてもらっていいですか?」
「はい……」
こ、こわい……。
嬉しくなってらしくもなく喋りすぎちゃったかな? アリンちゃんが笑顔なのにすごい怖い目をしてたよ。口の端は吊り上げて、でも瞳の奥は燃えてるようなそんな感じ。ちょ、調子に乗りすぎるのは良くないね。
「ふぅ……で? 飲みましたけど、一体何があるんですか?」
瓶を傾けて一気に暗視薬を飲み干したアリンちゃんが、一息吐いてから問いかけてきた。よし、盛大に驚いてもらおう。
「ほら、後ろ。アリンちゃんの後ろにいるでしょ?」
少しだけわくわくしながらアリンちゃんの背後を指さすと、まだ半信半疑なのか随分と緩慢な動きで振り返った。
そして――。
「後ろ……何もいませんよ」
「え? 嘘……」
情報によれば『夜目』スキルがレベル五相当なはずの彼女の視線は、巨人を捉えることなく湖の上を泳ぐ。
ということは……。
「もしかして私、素材を上げないといけないの?」
吐いた唾は飲めないって言うけれど……這い
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