第二十七話 空回ってみた。



 パロン湖と言うのは、パロン草原の中心付近にあるそれほど大きくない湖の事らしい。何でも昼間はそこまで水位はないけど、夜になると急に水嵩みずかさが増すらしいその湖には、モンスターはんでいないんだって。意外だよね。


「パロン湖の場所も知らないのに向かってたんですか? 事前情報とか調べないで攻略していくスタイルなんですか?」

「ご、ごめんなさい」


 パロン湖の場所を知らないと言ったら、アリンちゃんが案内してくれることになった。うん、それは良いんだけど、何だか含みがあるような言い方だよね? 遠回しに怒ってるのかな? たしかに目的地があるのにその場所を知らないなんて言う奴がいたら誰だって怒るだろうけど……被害妄想かな?


 あっそうだ。


「そ、そ、そうだ。あの、あ、あれしませんか?」


 せっかくだからパーティーを組みたいと思ったのだけれど、なんだか自分から誘うのって恥ずかしくて妙に怖いね。断られたらどうしようっていう変な恐怖感があるよ。ついつい敬語になっちゃった。


「あれってなんですか?」

「あ、あのあれ……ぱ、ぱ……てぃ……」

「ぱ?」


 言え、言うんだ。「パーティー組みたいっ!」って言うんだ。コミュ障だった今までから、新たに一歩踏み出すんだっ! これが言えたらきっと、現実でもクラスの子に「友達になって下さい」とか、お母さんに「お小遣い上げてください」とか言えるはずっ!

 やれ、やるんだアンズっ! お前は言える。言えるぞアンズっ!


「ぱっ! パンティーくださいっ!」

「…………」


 よし、言ったっ! 言ったけど盛大に間違えたっ!

 

 信じられないような間違いをしたおかげで、アリンちゃんの信じられないような冷たい眼差しを見ることができた。ど、どうしよう……。


「……話してて思ってたんですけど、アンズさんってそっち系の人なんですか?」

「そ、そっち系?」


 そっち系って何だろう? 私の言い間違いに言及してこないのは助かるけど、そんなあやふやな表現をされても分からないよ。

 でもアリンちゃんの表情から考えるに、あまり快く思ってないような言い方だったよね? もしかしてそっち系って「天然入ってますよね?」もしくは「コミュ障ですよね?」的な意味なのかな? 自分ではそんな事はないと思うけど、さっき実際に噛んじゃったし、否定するとまた何か言われそうだしなぁ……ここは大人の余裕であえて肯定しておこう。


「まぁ? ちょっと「そっち」よりと言っても過言じゃないかな?」

「そ、そうですか……私はそういうんじゃないんで、期待しないでくださいね?」

「へ? あ、うん……」


 いや、アリンちゃんがしっかり者で天然さんじゃないってことぐらいちゃんと分ってるけどなぁ。まぁ、いいか。


「ところで手、手を握って貰えないかな? へ、へへ。ふひっ」


 パーティーを組むならガード対象から除外しておきたいと考えて手を差し出すと、なぜかちょっと――いや、割と結構な距離で身を引かれてしまった。そ、そんなに私との握手嫌なの?


「あの……話、聞いてました?」

「え? あ、ごめん、ガード対象から除外しておきたかったんだけど、潔癖症なんだっけ?」

「違います……まぁ、アンズさんは見るからにヘタレだから大丈夫でしょう。いいかな」


 何だか失礼な言葉が聞こえた気がしたけれど、独り言のようなので無視しておこう。それに、ちゃんと手をおずおずと差し出してくれたしね。良かった。


「よ、よろしく」

「ええ。まぁ、湖までですけど」


 手を握って貰えたのでガード対象から除外しておく。うひょうっ! やっぱり女子中学生の手はすべすべもちもちで気持ちいいね。ずっと触っていたくなるよ……あっ、この思考ってちょっと黒羽さんっぽいかな?

 つまり私は、黒羽さんレベルの社交性を手に入れたと言っても過言ではないのでは?


「…………」


 ちょっとにぎにぎを繰り返していたら、さすがに不愉快に思われたのか手を振りほどかれてしまった。いや、たしかにやりすぎだとは思うけど……年上やぞ? もっとこう……優しく注意してよ。


「なんですか?」

「も、もっと優しくちゅ、ちゅうい……」

「はい?」

「や、優しく、ちゅ……して、ふ、ふひっ」

「……」


 あれ?

 なんで無言ですたすたと歩き始めるの? もしかして、いつまでもうじうじして面倒くさい奴だと思われたのかな。こ、これは良いところを見せて挽回しなきゃっ!


「――ところで、何だってわざわざパロン湖へ? あそこには何も棲まないと言う話ですけど」

「え? あ……それは……」

 

 本当は『まだ誰も知らない水辺』を探しに来ただけだから、『すでに周知されている湖』なんて行きたくないんだけど。でもそれを馬鹿正直に言うのは、何だか間抜けだし目立ちたがり屋みたいだからやめておこう。


「えっと、ほ、ほらっ。お宝とか眠ってないかなぁと思って。こんな草原に湖があるなんて不自然だし……そ、それに夜にだけ水量が増えるんでしょう? そんなのおかしいよ。きっと何か隠されてるはずだよ」

「うーん、ネットの情報では浅い時に実際底まで潜って確かめたプレイヤーがいるみたいですけど、何もなかったそうですよ? 『夜目』スキルを持つプレイヤーが夜間に確認に言った時もモンスターらしきものは見つからなかったそうです。まぁ、さすがに『夜目』スキルじゃ夜の水中までは見通せなかったみたいですけど」

「ふーん、そっかぁ」

「……そっかぁって……」


 それじゃあおそらく行っても何にもないんだろうなぁ。けど、今さら引き返すって言うのもアリンちゃんに申し訳ないしね。こうやって中学生女子と歩ける機会なんて中学校を卒業した私にはめったにない機会だろうし、堪能しないともったいないし……よし、パッと見てから即帰ろう。


 取りあえず湖に案内してもらいがてら、アリンちゃんの『夜目』スキル取得をお手伝いするため暗闇に乗じて近づいてくるモンスターの存在を教えてあげる。序盤の『気配察知』は、ほとんど気休めみたいなものであまり効果ないからね。私の『気配感知』が役に立つよ。


「『ウィンドウ・カッター』」


 アリンちゃんが私の指示した方へ杖を向け、どうやら風の魔法らしきものを放つ。放たれた風の魔法は見事のそのそと近づいてきたパロン・タートルにあったって吹き飛ばした。けれどまだ倒しきれていないのか、再びパロン・タートルがのそのそとこちらへ向かってき始めた。


「まだだよ。まだ倒せてない。さっきの場所よりもう少し左に杖を向けて……うん、そこ」

「『ウィンドウ・カッター』]


 放たれた風の刃はパロン・タートルに直撃してHPをゼロにしたみたい。ひっくり返って動かなくなった。


「よし、これで後九体と戦えばいいんだよね?」

「はい、この分なら今日中に『夜目』スキルを取得できそうです」


 少し嬉しそうな顔になったアリンちゃん。ふふふ、暗闇だから気を抜くと緩んだ顔になっちゃうんだよね。自分も見えてないから相手にも見えてないっていう先入観っていうか慣れっていうか……。でもちゃんと、アリンちゃんのその可愛い顔を私が見てるからね。ふひ、ふひひ。


「……気のせいか寒気が……ゲームなのにおかしいですね」

「もしかして湖が近づいて来たんじゃない? というより、良く見えないのに道案内できるね」

「まぁ、場所ぐらいはマップ見れば分かりますから……」

「マップ?」


 その言葉に反応してアリンちゃんを見たら、「マジか、こいつ」と言わんばかりの目を向けられたけど、し、仕方ないじゃないか。誰も教えてくれないんだから。次ログアウトした時は、ちゃんとネットでお勉強するから。お願いだからそんな険しい目で見つめないでよ。


「……アンズさんって先行プレイヤーなんですよね? あってますよね?」


 このまま私が分からないのを見かねてくれたのか、マップの見方を教えてくれたアリンちゃん。なんかボソッと呟いてるけど、そんなの私だって胸張って言える自信がないよ。

 ログインして今日まで一か月、一人だけ別のゲームしてたようなもんだし。


「えーと、それで一度行ったところはマップに表示されるんだ? っで、一度行った場所なら一瞬で行けるの?」

「どこでも好きな場所に行けるってわけではないですよ。街やエリアごとに移動できても、街中やエリア内の場所に行くにはやはり足で行かないといけませんから」


 へぇ、じゃあもしかしてあの変なダンジョンにも行けるのかな? そう思ってマップを見るけど、始まりの街ベルンダの中に『古の城跡地』と言うのがある。多分それはあの憲兵おじさんが言っていた伯爵城の庭の事だと思うんだけど、それと重なるように『弔い遺跡』と表示されている。

 でもこれ、始まりの街の名前と違って色がグレーになってるし、きっと「飛べないよ」ってことなんでしょう?

 

 まぁ、今は行く必要もないからいいんだけど……なんだか釈然としないなぁ。


「――あっ見えてきましたよ。湖です」


 どうやらとぼとぼと下を向いて歩いているうちに、お目当ての場所に辿り着いたようだ。まぁ、お目当てと言っても最早何の興味もないところだけど、一応見ておくか――。


「……は?」


 その湖を見て、私は間抜けにも呆然と大口を開けて固まってしまった。


「どうです? 何にもない場所でしょ」


 けれどこの暗闇で私の表情をうかがい知る事のできないアリンちゃんが、同意を求めるように呑気に呟く。


 何にもない? ――冗談じゃない。


 空に広がる星空の下、湖の水面から上半身をさらす巨体を――単眼でこちらを不気味に見下ろす巨人の姿を、私の眼ははっきり捉えていた。

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