第二十六話 通報されかけてみた。



【悲報 『夜目』スキルはいらない子だったっ!】――ってえええっ!


「う、嘘。そんな薬があるのに何のために『夜目』なんてスキルがあるの? た、ただのはったりなの?」

「いや、でも言っても薬じゃないですか。飲む手間もかかるし、時間制限もある。おまけに序盤にしては1000ジニーと結構高価なんですよ」

「でも序盤で手に入る……」

「……はい」

「ち、ちなみにどれくらい見えるようになるの?」

「検証した人の話によると、暗視薬は『夜目LV.5』と同じ程度見えるようになるみたいです」


 けっこう見えるんだねぇ。『夜目LV.5』でどれくらい見えてたかなんて覚えてないけど、多分戦う分にはあんまり問題なかったはず。


「薬を飲まなくても、スライムを倒しておけば夜間でもレベルは上がるし、いざというときも薬を飲めば暗闇でも見える。そういうわけで、『夜目』を取ろうとする人はあんまりいないんです。取るにしたって、レベルを上げて条件を達成しやすくしてからでもいいんですし」

「そうなんだ……じゃ、じゃあなんであ、アリンちゃんは『夜目』スキルを取ろうとしてるの?」


 掌の上の暗視薬を仕舞ったアリンちゃんに問いかけてみる。彼女が言うように『夜目』スキルにあまりメリットがないのなら、一人で苦労しながら取ろうとしなくていいんじゃないかな? さっきだって、きっと私が手助けしなかったら危なかったと思うんだけど。


「さっきも言いましたけど、言っても薬なんですよ。余裕がある時ならいざ知らず、暗闇の中でのボス戦とか途中で効果が切れたら大変だし、それこそ毎回買って使用していたらお金もかかる。スライムばっかり倒すのだって面白みもないし、どうせ取得するなら早めがいい。それに……」


 そこで彼女のは何か言いかけて、けれどやっぱり言う事を憚(はばか)るように不意に口を閉ざし横を向いてしまった。はきはきと喋っていたアリンちゃんらしくないけどどうしたんだろう。別にモンスターが近づいてきたわけでもなさそうだし……。


 気になって少し黙って見ていたら、小さく息を吐き出してからゆっくりとした動きでこちらの方へ首を向けてくる。


「ゲームって、戦ってレベル上げるのも大事ですけど、せっかくのVRじゃないですか? それもこのECCはグラフィックにも力を入れているし、従来のゲームと違ってより肉眼で見ているものに近い景色を視ることができるんです。暗闇でしか見えない景色だってあると思うんです」

「……うん」

「『夜目』はパッシブスキルだから、その光景を視界にさえ入れることができたら、素通りするなんて事はないと思うんです。『夜目』スキルがなかったからってすぐ傍の美しい光景や色んな景色を見落とすなんて、嫌なんです」

「……うん、分かるかも。その気持ち」


 私もこのゲームを始めた理由はオフラインの格ゲーが禁止になったからだけど、このゲームを選んだ理由はCMの精巧な作りの景色に圧倒されたからだ。そしてその景色をこの目で視たいと感じたからだ。

 もしもアリンちゃんが私と同じような理由でこのゲームを選んだのだとしたら、暗闇を見通せる目と言うのは確かに欲しいのかもしれない。


「ふふ、嘘でもそう言ってくれる人がいてよかったです。姉には全く理解されませんでしたから」


 少しホッとするように小声で呟いたアリンちゃん。きっと、この事を口に出すのを躊躇ったのは、そのお姉さんに理解してもらえなかったからなのだろう。ていうか――。


「えっ? お、お姉さんがいるの?」

「あっ」


 気になって聞いてみたら、アリンちゃんは「しまった」と言うように口を押さえ、しかし次の瞬間には何事もなかったかのように首を横に振った。


「いえ、私に姉なんていません」

「え? でも今、『あっ』て言ったよね?」

「言ってませんっ。聞き間違いです」

「……そ、そうは思えないけど。でもまぁ、個人的な事だしね。追及するのは良くないか」


 そうか、アリンちゃんにはお姉さんがいたのか。残念だなぁ、私がお姉さんになってあげたかったのに。そしたら色々と仲良くなって……ふひ、ふひひひひ。


「……暗闇で良く分からないんですけど、多分変な事考えてますよね?」

「べあっ? か、考えてない、考えてないっ! しょ、そんなのこれぽっちも考えてないよっ?」


 別に姉妹になれば嫌われる心配もないし気兼ねをする必要もないとかこれっぽっちも考えてないよ? お母さん相手にならすらすらと言葉が出るなら、妹相手でも出るはずだなんて、そんな情けない事考えてるはずないじゃないか。大丈夫、今だってよどみなく話せてるし……話せてるよね? 私、おかしくないよね?


「ところで、既に『夜目』スキルをお持ちのアンズさんは、どうしてこの草原に? 察するに第一陣のプレイヤーだと思いますけど、この場所ではもうレベルは上がらないのでは?」

「え? あ、そ、そう言えば――なんでだっけ?」

「……いえ、私は知りませんよ」


 あれ? 私は何をしにここへ……あっそうだっ! 水辺だっ! きっとこの草原に水辺があるはずだから、それを確かめに来たんだ。

 でもそれを素直に言うと発見の手柄を横取りされちゃうかもしれないね。いや、でもアリンちゃんは『夜目』スキルを持っていないから私よりも先に水辺を見つけるなんて無理かな? いやいや、女の勘ってのは鋭いって聞くし、見えなくても心の眼で視るとか何とか……。

 第一、「発見を横取りされる」なんて考える自体、あまりにも卑しい人間のような……。


「アンズさん?」

「え、あ……いや、違うよ。別にこの草原に水辺があるとか、ちっとも考えてないよ?」

「水辺?」


 し、しまったっ! 動揺しすぎて口を滑らせてしまった。くっそ、誘導尋問なんてこの金髪ロリあなどりがたしっ! まんまと口車に乗せられてしまった。


「水辺……」

「い、いやい、言ってないっ! わ、私、水辺なんて言ってないっ。あの、み、みず……そうっ! 水着っ! アリンちゃんの水着が見たいって言ったのっ!」

「……とりあえず、運営にハラスメント報告しとけばいいですか?」

「ご、ごめんなさーいっ!」


 ハラスメント報告されたらどうなるのかなんて分からないけど、通報されたら私が中学生の水着を見たがった変態さんになってしまう。それは阻止しなくちゃっ! 

 全力で頭を下げた私に、アリンちゃんが呆れたように小さな息を吐き出した。ぐぬぬっ、この金髪美幼女ロリータめ。人が下手に出ていれば可愛らしい仕種ばっかりしやがって。頼むからもっとその仕種を見せてくれないかな。

 私のお願いが通じたのか、アリンちゃんは可愛らしく小首を傾げてこちらを見る。


「……しかし水辺ですか。つまりアンズさんはパロン湖を見に来たと言うことですね?」

「そ、そうそうっ! パロンみずう……パロン湖?」


 あれ?

 ――もしかしてすでに発見済みなの?

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