第二十五話 プレゼンしてみた。



「あの、助けていただいてありがとうございました」


 周囲にいたモンスターをあらかた狩りつくし一息ついたところで、少女が改まるように頭を下げてきた。


「い、いやこちらこそっ。急にあの……してごめんね? 邪魔だったよね、あれね? ふひっ」

「はい?」

「あ、あの、戦ってる最中に見つめちゃったりごめんっ。気が散ったでしょ?」

「えっ? 見つめたんですか? どうして?」

「その、可愛くて……じゃなくてっ! あの、えっと……ごめんなさいっ!」


 ひぇぇっ! すごく怒ってる。

 余程見つめられるのが嫌だったのか、私を睨み殺さんばかりに目を細めているよ。オガミさんと出会った時も思ったけど、美形が眉根を寄せている絵面は怖ろしいね。心なしか杖を握る手に力が入っているように見えるし、こんなに小さな子なのに迫力があるよ。


「どうして謝るんです?」

「だ、だって、すごく目を細めて睨んでるんだもんっ! 怒ってるんでしょう?」

「はい? ……ああ、そういうことですか」


 身を竦める私の言葉にきょとんと首を傾げた後、まるで納得したように頷いた。


「目を細めているのは周囲が暗闇で見えにくいからです。こんなに近くにいながら、あなたの輪郭は分かっても顔立ちを見る事もできません」

「へぇ? そんな見え辛い中で戦ってたんだ。大変じゃない?」


 どうやらこの娘には、『夜目』のスキルがないみたいだ。まぁ、見たところ初期装備だし、ゲームを始めたばかりじゃしょうがないかな?


「見え辛いから戦ってたんです。『夜目』スキルを取得するには、暗い中で戦うのがいいとネットに書いていたので。この暗闇で私が目を細めているのが分かるのであれば、あなたはきっと『夜目』スキルをお持ちなのでしょうね」

「うん、初日で手に入れたよ」


 いや、初日っていうかあれは割と直ぐだったね。今では『暗視』ってスキルに変わっちゃったし。だからけっこう『夜目』スキルって簡単に手に入るのかもしれない。


「……すごいですね。『夜目』スキル取得には、暗さが関係してるんですよね? 今日みたいに月のない夜なら、発光しないモンスター二十体と連続して戦えば取得できるんですよね? 月のある日はその倍だとか」

「……お、うす?」


 頷こうとしたけれど、全く聞き覚えのない話で変な相槌を打っちゃった。『夜目』スキルの取得条件なんて考えたこともなかったんだけど。


「……うす?」

「え、いや……なんでもないのっ! うすっ! ご、ごっつぁんですっ!」

「……なんで急に関取みたいになってんですか?」


 ちょっと呆れ顔になっちゃったけど、少女はそれ以上追及してこなかった。何とか誤魔化せたみたいだ……誤魔化せたけど誤魔化す必要あったかな?

 むしろ余計変に思われちゃったかも……。


「でも、面倒ですよね。一度でも死に戻ると、街灯や明りのあるところにリスポーンするじゃないですか。そうすると、また最初からやり直しなんですよね?」

「……そうだよ」


 知らんけど。


 だって私の場合、投下されたダンジョンは月の明かりどころか星の明かりもないから常に真っ暗だったし、死に戻った先も暗いし、おまけに十回ぐらい戦いにもならない即死を繰り返していたら、いつの間にか取得できてたんだもん。

 女の子には悪いけど、『夜目』スキル取得のことなんて意識する間も本当になかった。


「あ、そうだ。さっき、名前を聞かれたのに申し遅れました。私はアリンと名乗っています。ちなみに『中学生二年生』です」

「あ、アリンちゃんね? さっきは醜態しゅうたいを晒しながら言ったけどアンズです……ちょ、ちょっと名前似てるね、ふひ、ふひひっ」


 アリンちゃん。可愛いくてちょっと似た名前だから勝手に親近感が湧いちゃうな。だけど、なんでやたら中学二年生を強調してきたのだろう? あんまりオンラインゲームでは年齢とか言わない方がいいとか聞いたような。


「……中学二年生です」

「え? さ、さっき聞いたよ?」


 そんなに重要なの? 二回も言ってきたぞ、この金髪ロリ。


「失礼ですけど、アンズさんは何年生なんですか?」

「り、リアルのことはあ、あんまり言わない方が……う、高校一年生だよ」

「一年? 私の方が年上――高校生っ?」


 マナー違反だと思ったけれど、アリンちゃんの圧に負けて自分の学年をすぐにゲロる。すると、彼女は一瞬勝ち誇ったような顔になった。けれど即座に思い違いに気付いたのか、驚いたような顔で声を荒らげる。

 なに? そんなに信じられないの?


「う、嘘っ。なんで高校生が私と身長変わらないんですか? 私、クラス……学校で一番背が低いんですよ」

「わ、私だってそうだし、あ、アリンちゃんよりは私の方がちょっと高い、よ? 高いよね?」

「うーん……変わらないか私の方が大きいと思いますけど。けれどそうか、私が年上だと思ったのになぁ。まぁ、いいです。これからもアンズさんって呼びます」


 怒っていると言うより少し拗ねたように唇を尖らせるアリンちゃん。カワええ。こんな可愛い妹がいれば、私もコミュ障になんてならなかったのに……いや、関係ないか。


「ところであ、アリンちゃんはあと何体モンスターを倒せば、『夜目』スキルが手に入るの?」

「さっきので合わせて十体倒したので、あと十体ですね。それと先ほども言いましたけど、別に倒さなくとも戦うだけでいいんです。なんなら戦闘中に逃げ出してもカウントされるとか。まぁ、この暗い中を逃げ切れたらの話ですよね」

「へぇ、皆は色々調べてるんだなぁ」


 そういや私が取得した時も、別に倒したわけじゃなかったんだっけ。瞬殺されたんだ、瞬殺。


「サービス開始当初は、やっぱり『夜目』のあるなしは重要だったんですよ。それだけでこの世界の夜間での戦い易さが段違いですから……ただまぁ、第二陣で『夜目』取得に時間をかける物好きは私ぐらいかもしれませんが」

「え? なんで?」


 そう言えば、『夜目』スキルが有用ならどうしてアリンちゃん以外見当たらないのだろう。第二陣は今日からログインなんだから、初めての夜なはず。まさかもう『夜目』スキルを取得したってことはないよね?


「知らなかったんですか? 第一陣のプレイヤーが色々と検証して、別に慌てて取る必要もないってことで落ち着いたみたいです。夜間でも戦闘がしたければ、北の草原や東の草原に行けばいいそうですよ」

「へ? 北の草原とか東の草原はレベルが高いんでしょう? 『夜目』スキルがないと、余計戦いにくくない?」

「それがそうでもないんですよ。北の草原や東の草原は、夜はスライム系のモンスターが湧くんですけど……光ってるらしいんですよ」

「光ってる……スライムが光ってるってこと?」


 あれ? このゲームのスライムと私が想像する大衆的なスライムってだいぶ違ったりするのかな? ちょっと光ってる想像がつかないんだけど。


「スライム系のモンスターには核があって、どうやらその核が光るらしいんですよ。アンズさんもイメージつくと思うんですけど、スライムって基本的に半透明じゃないですか。だからその核の光が体外まで届くんですって」

「へ、へぇ……。そっか、それで暗闇でもその光を目印に戦えるんだ。でも、そのスライムと戦っても『夜目』スキルは取得できるの?」

「無理ですね」


 私の質問にアリンちゃんはバッサリと答えた。

 やっぱり無理だよね。全然暗闇で目を鍛えられている感じしないし。


「スライム以外にもモンスターは湧くんでしょう? やっぱり『夜目』スキルがあった方がいいと思うけどなぁ」

「それが北も東も夜はほとんどスライムだけらしいんですよ。他の魔物は全くと言っていいほど出ません」

「そっか、じゃあいいのかな?」


 けど何だか悔しいな。あのダンジョンでいつもお世話になっていた『夜目』スキル先輩がないがしろにされているみたいでなんか嫌だ。もっとこのスキルの有用性を説けないだろうか?


「えーと……でもほら? も、モンスターの出るフィールドは他にもあるんだし、そこはここみたいに夜中でもスライム以外が出てくる場所だったらどうするの? ほら、『夜目』スキルが必要だ」


 うん、私にプレゼン能力がないことは我ながら良く分かった。


「……アンズさん。プレイヤーたちが『夜目』スキルを鍛えたり取らなくなったりした一番の理由を教えましょうか?」

「え、スライム以外に何かあるの?」


 アリンちゃんは何とも言い難い顔で右掌を上に向けて何やらアイテムを取り出した。

 どうやらそれは液体の入った瓶みたいで、ファンタジーで言うところの回復薬であるポーションを想起させる。色は黒っぽいけど毒薬かな?


「それは?」

「これは暗視薬と言う序盤でも買える薬です」

「え? 暗視薬? もしかしてそれ……」

「ええ。これがあれば暗いところでも見えます――戦えるんです」



……なんだって?

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