第三十話 現実(仮想)を見せてみた。



 突然巨人が目を光らせたと思ったら、その場で右足を大きく上げた後、一気に振り下ろした。

 地面が大きく揺れ、近くにある湖の水面が振動でめちゃくちゃにき乱される。


「あうっ?」


 私よりも巨人から離れていたはずアリンちゃんが、腰を抜かしたようにしゃがみ込む。この状況、見たことあるぞ?


「……そうか、ギガース・ゴーレムの地震攻撃だな? あれと似たような感じだ」


 例のダンジョンで戦ったギガース・ゴーレムも、こんな風にその場足踏みをして地面を揺らすことがあたっけ。いつの頃からか慣れたけど、最初は振動で動けなくなってその隙にボコボコにやられてしまった。

 まぁゴーレムの攻撃が効かなくなったのは、一般スキル『耐震』を取得したからなんだろうけど。でもレベルがまだ5だからかな? 立っていられない程じゃないけど、やっぱりちょっと足元がおぼつかなくなるね。


「ひ、ひぇ……ちょ、ちょっとアンズさん! な、何とかしてくださいよっ!」

「な、何とかって言われても……うーん」


 乗って来たのかテンポよく、左右の足を交互に地面叩きつける巨人。その度にアリンちゃんの身体がころころと転がったり、浮かび上がったりして大変そうだ。見てるこっちはちょっと面白いし、可愛くて癒されるけどね。


「まぁ、たしかにちょっと目障りかな?」


 そのまま大きな足踏みをした状態でこちらへと迫ってくる巨人に、私も自分から突っ込んでみる。

 まったく高校球児の入場行進じゃあるまいし、そんなもも上げしなくてもいいってのにっ。


『グガガガ』

「え……い、いやちょっと待ってよ……」


 片方の足が浮いている間にもう片方の足を狙って転ばそうと思ったんだけど、近づいたこちらへ巨人が口を開けた。いや、この展開は多分――。


『ゴアァァァっ!』

「うわぁっ! やっぱりブレスだぁぁっ!」


 巨人の口から一直線の太い火の柱が放たれて、全力で横に飛び退いた私がいた所へ突き刺さる。そしてそれだけでは飽き足らず、首を巡らした巨人の火がそこからさらに後方へと線が引くように伸びていき、草原の植物を薙ぎ払ってしまった。 

 ブレス、と言うよりはレーザーなのかな?

 お、おそろしい。


 というよりあんな巨体でブレス吐くとか反則じゃないかな?


「ひ、ひやぁっ! あ、アンズさんっ! と、突然火がっ! 火が私の目の前を横切って! バシュッてなりましたよ?」


 動揺したようにアリンちゃんが訴えてくるけど、振り返っては駄目だ。この巨人から目を逸らすわけにいかないし、怯えるアリンちゃんを見たらきっと萌えて動きが鈍くなってしまう。

 想像だ。想像だけに留めて……はぁ、かわええ。


『グアっ!』

「おっとっ?」


 少し邪な妄想をしていた私へ、巨人が拳を振り下ろしてくる。それを背後にかわして再びその拳に乗ろうとしたけれど、すかさず反対の拳がこちらへと降ってくる。さらに躱すと、最初振り下ろした拳を再びこちらへ。


「くっ! し、しつこなぁ」


 左右の拳による連打攻撃だ。巨人は腰を曲げた状態で、何とかバックステップで躱すのが精一杯なこちらを追いかけてくる。


 巨人だから当然リーチが長い。飛び退いて距離を取っても、一瞬でその取った距離を潰されてしまう。これじゃあ防戦一方だよ。


「あ、アンズさーん。た、助けて……」


 おまけにこの地面を殴りつける攻撃にも振動が発生するようで、アリンちゃんが情けない声で助けを求めてくる。どうも回避が上手く行かないと思ったらそう言う事か。まぁ、多分この戦いが終わったら、『耐震』ってスキルを得ているはずだから今は諦めたらいいと思うよ。


『グオっ! グオっ! ガァァ!』


 こちらが躱すだけなのを良いことに、やたらめったらと拳を叩きつけてくる巨人。その適当に見える一つ一つが、レベルは高いとはいえ初期装備でしかない私にとっては大きな脅威だ。だからこそ押せ押せムードなのだろうがあまり調子に乗せるのは面白くない。


「あんまり調子に――」

『グガァっ!』


 拳を振り挙げた巨人に対し、私はあえて立ち止まる。そして当然のように振り上げられた拳は速度と威力を伴いこちらへ直撃――。


「乗らないでよね?」


 する直前で私は前へ跳んだ。つまり巨人側へと跳んだのだ。


『グガ?』


 巨人の両足を擦り抜け前へ跳んだ私を、怪訝そうな顔つきの巨人の単眼が追いかけてくる。おいおい、私なんかを見ていていいのかい? 今、君が拳を振り下ろした場所をどこだと思っているんだ?

 湖の縁だぜ?


『ガ……』


 私が湖の縁に立っている事にも気付かず叩きつけられた巨人の拳は、大きく湖側へとはみ出していた。そのため、勢い余って体ごと引っ張られるように、巨人は湖へと飛び込む形になる。

 

 水飛沫を上げて、浅くなった湖へとダイブする巨人。そしてすぐに巨人の重みで水嵩みずかさが増した。

 


「ど、どう? 本当に何かいるでしょう?」


 取りあえずこの隙にアリンちゃんに近寄って、へたり込んだままの体勢から引き起こしてあげる。


「……い、いますね。いますけど、私には見えません」

「そ、そんなこと言われても……」


 多分、何らかの条件を満たしてないからだと思うけど、どうやったらアリンちゃんにも姿が見えるんだろう。やっぱりレベルを上げた方がいいのかな? 


「……もしかしたら、パーティーを組めば見えるようになるのかもしれません」

「……え? そうなの?」


 あれ? ていうかパーティー組んでなかったけ? たしかに私『パーティー組みたい』って言ったような……あ、あれ結局言ってなかったわ。誤解も解いてないから、アリンちゃんの中では私は初対面でパンツを欲しがった変態なってるんじゃ……。


「たまにあるんです。パーティーメンバーの一人でも条件を満たしていたら、他のプレイヤーにも相手と戦えるシステムが。この戦闘がそうであるとは限りませんが」

「……でも戦闘中だよ? パーティーって組めるの?」

「このゲームでは、目の前にいる相手を直接指定すれば可能です。ただ、戦闘中の解除はできませんが」


 じゃ、じゃあパーティーを組めばアリンちゃんにもあの巨人が見られるのかな? パーティーを組むのは私的には全然ありだし、むしろご褒美みたいなものだけど……大丈夫かな?

 今、あいつがアリンちゃんを狙わないのは無関係だからなんじゃないの? もし私と組んだら、きっとアリンちゃんも狙われて……そしたら私、この娘を守り切れるのかな? どうやら戦闘中にパーティーメンバーの解散はできないみたいだし……。


「……何を悩んでるんです?」

「い、いや……パーティーを組んだらあの化け物がアリンちゃんを狙わないのかなぁと思って」

「……まぁ、パーティー内の低レベルを狙うのが、MOBの基本ですよね。おまけに魔剣士と魔法使いじゃ……多分魔法使いの方が狙われそう」

「駄目じゃんっ!」


 やっぱりこの戦いは私一人で挑むべきだ。早くしないと巨人も出てきちゃうだろうし、ここはパーティーを組むのは諦め――。


「待ってください」


 踵を返そうとした私の腕を、アリンちゃんが掴んできた。お、おひょ? じょ、女子中学生に腕掴まれるとか、一歩間違えれば事案にならないかな?


「言ったはずです、私はこのゲームで美しい光景や色んな景色が見たいんです。すぐ傍で見られるはずの景色を見られないなんて、納得できません」

「で、でもすぐに死んじゃうかも……」

「死に戻りしないプレイヤーなんていません。それに私がすぐ死に戻ったところで、アンズさんは今まで一人で戦っていたじゃないですか? ちょっと経験値は減るかもしれないですけど、何の影響もないはずですよ」

「う……正論だけど……」


 正論だけど何だか納得いかないんだよなぁ。やっぱりパーティーを組むからには、メンバーには死んでほしくないよ。

 それがたとえ戯言だとしても、私はそんな優しい戯言が好きでござるよ……あれ? なんだっけあれ?


「とにかく、早くパーティーを組んでください。メッセージが出て五秒以内ですよ?」

「う、く……」


――プレイヤー名アリンからパーティーの申請が届いています。受理しますか? YES/NO


 人との会話に慣れていない私は、こんな風に押されたら断れないよ。それに、アリンちゃんの願いを叶えたいとも思うし……仕方ないかな。


「――けどアリンちゃん。私はあの化け物を見ることが、アリンちゃんの望みに繋がるとは思えないんだけどなぁ」


 YESを選択しながら呟くと、彼女が怪訝そうな顔で首を傾げた。


「えっ? なぜです?」

「いや、あれは別に見なくてもいい景色だと思うから……」


 そう答えた私の背後で爆発するような轟音が響き、湖から飛んできた水飛沫がこちらまで届く。


「――あっ……」


 そしておそらく、私の背後で立ち上がった巨人が見えたんだろうね。アリンちゃんが何とも言えない顔で視線をすっと泳がせた。


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