第二十三話 この世界の裏とか陰謀とか考察してみた。


 よく知りもしないでNPCが経営する素材屋さんの心配をしていた私の前で、お店のおじさんが渋い顔でお兄さんに話し出した。

 

「お前は知らねぇーだろうが、さっき俺が店番してる時にこの嬢ちゃんみたいに珍しいお宝を持ってきた客がいたんだ。そいつから素材を買い取ったら、店の金庫はほとんどすっからかんさ。明日からの商売まで考えたら、二本ってのが現実的な数字だ」

「珍しいお宝? 一体なんだよ、それは」

「……聞いて驚け。S級素材の『栄華の竜宝』だ。危険度Sのドラゴン系のモンスターから稀に採取することができる貴重な素材だ」

「え、S級素材? こんな小さな素材屋が取り扱っていいものじゃないっ。何だってそんなものを買い取ったりしたんだ?」

「仕方ねぇーだろう。『栄華の竜宝』ってのはS級素材の中でも希少価値が高いんだ。長年素材屋してたとしても、眼にする機会もあるかどうかっていうほどのお宝だぞ? それを買わずに諦めて、何が素材屋だってんだっ! あの素材を買うためなら、この店を売りに出しても惜しくはないっ」


 どうやらおじさんがお客さんから買い取った『栄華の竜宝』というのは、余程珍しいものだったみたい。そしてそれを買ってしまったから、お店にお金が無くなってしまったと……なんでよぉ。しかもさっきってことは、ログアウトしてなかったら私の方が早く素材を売れたってこと? そんなぁ……。


「しかし不思議な日だなぁ。S級素材を持って来た奴の後に、A級素材を持ってくる奴がいるなんて。こんな周囲には低レベルモンスターしかいないような街で、奇妙な偶然もあるもんだ」

「なに呑気な事を言ってんだ、馬鹿親父。せっかくこの娘が売りに来てくれたっていうのに、かわいそうじゃないかっ! 見なよ、落ち込んでるじゃないかっ」


 がっくりと項垂れている私を案じてくれたのか、おにいさんが強い口調でおじさんの事を叱りつけた。これにはおじさんも所在なさげな顔で視線をきょろきょろと彷徨さまよわせる。


「そ、そんなこと言ってもよぉ……あぁ、そうだ。お詫びに嬢ちゃんにはこれをやろう」


 そして不意に視線を扉の向こう側に向けると、早足でその奥へと入っていく。そして、すぐさま出てきたおじさんの手には、小さな巾着袋が握られていた。


「親父、なんだそれは」

「『栄華の竜宝』を売りに来た奴がくれたのさ。突然押し掛けたお詫びにってな。「もし自分のせいで素材を売れなくなる人がいれば、渡してくれ」って言ってたぜ。これはすごいぞ。『来訪者ビジター』が持ってるアイテムポーチって奴の小型版だ。アイテムポーチ程要領はないが、多少ならアイテムを収納できる。どうだ、これで許してくれないか?」

「……」


――ちょっと待って。


 え? これってどういう偶然?

 元々素材を売りたかったのは、アイテムポーチがいっぱいだったからで、それが解決できるなら別に売る必要もないけど……何かおかしい気がするよ。

 私よりも少しだけ早く高価な素材を売って、お店のお金を無くして私に素材を売らせないようにする。その上で、満タンになっているアイテムポーチの代用品を私に渡すことで、売らないことを納得させる……そんな作為を感じるんだけど。


 そもそも私以外に高レベル帯のモンスターの素材を所持している人間とは、いったい何者なんだろう。


「……どうした嬢ちゃん? これじゃダメか?」

「……いえ、頂けるのなら有難く頂きます」


 深く考えても仕方ないし、貰えるなら貰っておいた方がいい。それに作為だの違和感だの言ってみたところで――どうせ真相は単なる偶然なんだろうし。

 

 きっと私以外にも『無差別投下バグ事件』とか言うのを生き延びて鍛え続けたプレイヤーがいたんだろう。その人が、偶然ここで素材を売ってこの巾着をおじさんに渡したんだ。そうに決まってる。

 

 ドラマや推理小説じゃあるまいし、物事に裏があることなんてそうそうないもんね。さすがに高校生だから知ってるよ。へへんっ。


 おじさんから巾着袋を受け取って、それをアイテムポーチの横に括りつけながらそう結論付けた。だってそれ以外に考えようもないしね。


「ったく、人からもらったものを詫びの品代わりに渡しやがって。そもそも、『白銀の鎌』二本しか買えないような残金なら、明日からどうやって店を回すっていうんだ」

「なーに、こんな日が珍しいだけで明日は普通にFだのEだの低ランクな素材が溢れ返るさ。それに、素材を買っていくやつらもいるし、どうとでもなる。へへっ。『栄華の竜宝』がうちの店に置いてあるって知れたら、この店にも箔がつくってもんだ」


 何やら空想にふけっている様子のおじさんと、それを呆れ顔で見ているおにいさん。どうやらそろそろお暇した方が良さそうだ。

 素材を売ると言う手段は達成できなかったけど、アイテムをどうにかするという目的は達せられたからね。お店が困るんなら、別に素材を売る必要もないかな。


「あ、帰るのかい? 今晩はごめんね? また、うちの店に金が溜まったら来てくれ。今度こそA級素材でも何でも買い取ってやるから」

「は、はい。ありがとうございます。そ、それでは……」


 こっそり白銀の鎌を仕舞い直してお店から出るつもりだったけれど、あっさりとお兄さんにバレてしまった。くっそ、『隠密』のレベルは十分なはずなのに……侮れないお兄さんだ。いやまぁ、鈴の付いたドアを開ければそりゃあ気付かれるよね……。


 出てみると外は一層暗くなっていて、頼りない星明りだけが人気のない周囲の道を照らしていた。見上げて探してみたけれど今日は月が出ていないので、いつもより余計に暗いのかもしれない……まぁ、この世界に月があるのかすらも、ダンジョンに引き籠っていた私には分からないけどね。

 どちらにせよ一般スキルの『暗視』がある私には、月がなくともこれだけ星の明かりがあれば昼間と同じように暗闇がはっきり見通せる。


……やっぱすごいなぁ、このスキル。


 そう言えば現実でも夜目が利くと思って、深夜にコンビニに出かけようとして往生したっけ? さすがにあの後は自分のアホさ加減に落ち込んだなぁ。現実でも使えたらいいのに……無理か。

 

 周囲は暗いけど光源が全くと言っていいほどない暗闇だったダンジョンで戦い続けていたので、戦闘になっても多分問題はないはず。むしろ、あのダンジョンに比べれば明るすぎるほどだ。

 よーし、アイテム問題は一応解決したし、またパロン草原に行ってみよう。本当はもっと強いところでレベル上げたいけれど、北の草原やら東の草原やらがどこにあるか分からないし……ちょっと気になることがあるんだよね、パロン草原。


 それを確かめるためにも行ってみよう。

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