第二十二話 素材屋に乗り込んでみた。



 現実世界でお昼ご飯を食べた私は、再び仮想世界へとやって来た。現実世界ではまだお昼だけど、この世界では既に夜のとばりがおりている……夜の帳って響き、格好いいよね?


 さて、それじゃあ素材屋に乗り込めー。


「こ、こんにちは」


 扉をノックしてからゆっくりドアを開けると、そこは割と広い空間が広がっていた。別に外観よりも広いってわけではないけれど、室内に置いてある物が極端に少なくて、中が広く感じるんだと思う。

 直ぐに目につくのが店の奥にあるカウンターぐらいしかないし。ただそのカウンターの後ろには扉があるので、さらにその奥があるんだろうけど。


「いらっしゃーい。お遣いかな?」


 ドアについていた鈴の音で気付いたのか、そのカウンターから若いお兄さんがこちらを安心させるような笑みを浮かべて尋ねてきた。その言い方といい物腰といい、多分私を子ども扱いしている……まぁ、慣れっこだからいいけどね。


「あ、あの、素材を売りたいんですけど」

「ああ、売却の方か。それで? 何を売るんだい?」

「えーと、と、取りあえず『白銀の鎌』ってやつを売りたいんですけど。売れますか?」


 鉄心さんには売れなかったけれど、ここではどうかな?

 ここでも売れなかったら、お金を払って倉庫を借りるしかないかもしれない。黒羽さんの話では、それほど多くはない月々の課金で借りられるって話だったし、お手伝いを頑張ってお小遣い増やしてもらおうかな? だってさすがに、苦労して集めた素材を捨てちゃうのはもったいないよね?


 でもお母さん、お小遣いの値段を上げてくれるかな? 普段はお小遣いの代わりにゲームなんかを買ってもらうから、あんまり現金を渡してもらえないんだよなぁ。

 バイトもなぁ……ゲームする時間なくなっちゃうし、まずこの見た目じゃ雇ってもらえるところも少ないんだよね。

 以前あんまり知らないクラスメイトに、喫茶店のバイトを紹介されたことがあったっけ? 接客とか絶対無理だったし、なんか怪しげな雰囲気もあったから断ったけど、もしかしてもったいないことしちゃったかな? もし受けてたらあの娘、友達になってくれてたかな。いや、べ、別にこのゲームでフレンドが増えたから、リアルでも友達が欲しいなぁとか思ったわけじゃ……。


「うーん? 聞いたことのない素材だね。ちょっと待って」


 売れなかった場合のことを考えた挙句、少し思考が脱線しかけていた私はその声で我に返る。


 見ればお兄さんは、眉をひそめて記憶を辿るようにこめかみに拳を当てていた。けれどやっぱり思い当たる節はなかったのか、カウンターに置かれていた分厚い本を開く。


「えーと『白銀の鎌』は、っと……あ、あったあった。えー549ページか。あれ? このページは……」


 ぶつぶつと言いながらページをめくり、そしてお目当ての箇所を確認したと思しきお兄さんが、目を見開いて固まった。


「ど、どうしました?」

「……A級素材、だね。インセクト系では珍しい危険度Aのジャイアント・マンティスから獲れる素材だ。君、そんなものを本当にもっているの?」

「えっと……はい、どうぞ」


 半信半疑と言った顔をされたので、ならばとばかりにさっそく実体化させてみる。鉄心さんの時と同じように、店員のお兄さんは目を丸くして口をあんぐりと開けた。


 すごいなぁ。この人もNPCなはずだけど、本当に誰かが中にいるような反応をしてくれるよ。ちょっと、嬉しくなるね。


「……『白銀の鎌』の相場は100000ジニー前後なんだけど、まさかこんな低レベル帯の街でお目に掛かれるとは思わなかったよ」


 驚きから立ち直ったお兄さんが何気なく呟いた言葉に、今度はこちらが驚かされた。え? 100000ジニー? それって随分な大金じゃないの?

 それともこのゲームの中では大した額じゃないのかな。ちょっと確認してみよう。


「あ、あの、ちなみに『小さな牙』ってどれくらいの値段なんですか?」

「『小さな牙』? うーん、レア度はFだし今の相場は100ジニーだね。流通量によって変動するけど、基本的には供給が過多になるからそれ以上にはならないと思うよ。特にこれからは新しい『来訪者ビジター』が一気に増えて多く売られることになると思うから、値段は下がる一方じゃないかな? 多分60から70ジニーぐらいで落ち着くと思う」

「そうですか……高くて100ジニー――」


 割と現実的な値段だ。別にぶっ飛んでいたりしない。やっぱり『白銀の鎌』が特別高いに違いない。


「それで? 本当にこんな珍しいものを売ってしまっていいのかい? なかなか手に入るものじゃないだろう」

「いえ、売ってもいいんですけど、あと五十本ほど大丈夫ですか?」

「へ?」

「いや、全部で五十本売りに出したいんですけど、いいですか?」

「……ちょっと待って。親父っ!」


 お兄さんは私の言葉に笑みを浮かべて見せた後、すぐさま慌てたように背後にあった扉を開け放って大声を出す。その突然の動きはとても機敏で、声も大きいしびっくりしたな、もう。


「……なんだってんだ。さっき店番替わったばっかりだろうが……どうしたんだよ?」


 扉の奥から現れたのは、もじゃもじゃ髪のおじさんだった。

 鉄心さんはもう少し清潔感あったしまだ四十ぐらいだった思うけれど、こっちの人は無精ひげも生やしてるし五十過ぎには見えるね。あまり見た目には頓着してないのかも。


「この娘が今手に持ってる『白銀の鎌』って素材を、五十本ほど売りたいらしいんだ。どうしよう?」

「『白銀の鎌』? うおっ、大したもんだな……えっ? 五十本?」


 素材屋のおじさんは私が手に持っている『白銀の鎌』を食い入るように見つめた後、「あちゃあ」と言わんばかりに顔を覆った。


「すまねぇ、嬢ちゃん。悪いがそいつは無理だ」

「ど、どうしてですか?」

「その『白銀の鎌』は一本で100000ジニーはする。それを五十本となると5000000ジニー……そんな額、うちみたいな弱小の素材屋では一度には支払えない」

「そうですか……」


 勝手なイメージだけど、こういうNPCのお店って幾らでも買えるし幾らでも売れると思っていたよ。現実世界みたいに買収資金が足りないなんてないと思ってたなぁ。


「じゃあ、何本までなら買えますか?」

「なんてことだ……すまねぇ、今は良くて二本だな」

「――えっ?」

「うん? おい、親父。それは少なすぎねぇーか?」


 ちょっと少ないなと思った私に、同意するようにお兄さんが首を傾げた。やっぱり少ないんだ。

 もしかしてこのお店、思っていた以上に貧乏なのかな? そんな失礼な事を思ってしまった。

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