第十話 晒し者になってみた。



「は、はひ?」


 もちろん、背後に人がいるのは分かっていた。

 どうやら常時発動型(パッシブスキルとか言うらしい)である『気配感知』が私にはあるし、それ以前に広場の周囲は人が溢れ返っている。

 私の背後どころか身の回りには多くの人で埋め尽くされているのだ。人がいるのは当たり前。


 しかし、その中からまさか私に声を掛けてくる人がいるとは思わなくて、少し驚いてしまった。

 変な声が出てしまったが、本当に、少し驚いてしまっただけなのだ。べ、別に飛びあがったりなんてしてないんだからね?


「ご、ごめんなさい。そんなに驚くなんて思わなくて……大丈夫?」

「べ、べべべつにだだだい大丈夫ですけど。な、何ですか?」


 やたらと跳ね上がって痛い胸を押さえて振り向くと、猫の耳を生やした茶髪の可愛らしいお姉さんが心配そうに立っていた。

 どうやら表情を見るに、悪い人ではなさそうだ。


「本当に大丈夫? 何だか汗もすごいし顔色も悪いけど」

「こ、これは人に慣れてないだけで。話かけられてど、動揺してるだけです」

「ああ人見知りなんだ? なんでMMOを……いえ、それは個人の自由だものね。変なこと聞いてごめんなさい」

「あ、あ、ありがとうございます……ち、違う。あの、だ、大丈夫です」


 だ、だめだ。

 本当に人との接触が不慣れすぎて自分で何を言っているのか良く分からない。

 さっきの憲兵おじさんは格好から明らかにAIだって解ったけれど、このお姉さんはきっとプレイヤーだ。中身のある人とゲーム内でコミュニケーションとるのって初めてだ。

 ど、どうしよう……。


「あのね、あなたも今日からECCに挑戦するプレイヤーさんでしょう? 私の友達もそうだからちょっと気になっちゃって」

「へっ? 今日から挑戦?」


 いや、正確にはこの世界の時間で一ヵ月前からプレイはしているのだけど……待てよ、でも確かに攻略自体は今日からになるのかな?

 今まで何してたのか考えてみたら――うん、ソロで別ゲームしてたようなもんだし。


「……そ、そうです。私も今日から攻略に乗り出しますよっ! ふひっ」


 人見知りのうえに暗い女の子だと思われたくなくて、拳を握って無意味に声を張り上げてみる。けど恥ずかしくなって変な照れ笑いが出ちゃった。

 これ、絶対気持ち悪い奴だよっ!


「そ、そうなんだ。ねぇ、良かったら私たちと一緒に――」

「こらっ! 小さな女の子にナンパしない」


 こちらに向かって右手を差し出して来たお姉さんの頭上に、軽いチョップがお見舞いされた。たぶん痛くはないんだろうけど、その一撃でお姉さんの動きが止まる。


「み、みゆ――」

「ここではミーシャだってば。っで、モーニン、この娘は?」


 お姉さんにチョップした人はミーシャさんと言うらしい。こちらは少し目つきの鋭い美人なお姉さんと言った感じだ。赤みがかった金髪の頭に猫耳とかないし、耳も長くない。きっと私と同じヒューマンかな。っで、私に声を掛けてきた可愛らしい猫耳のお姉さんはモーニンって名前なんだ。


「ええっとね、ミーシャ。この娘が困ってるみたいだから声を掛けたんだ。あなたと同じ新規さんみたい」

「えっ? 私、別に新規ってわけじゃ――」

「そんなの、装備見たら解るわよ。私と一緒の初期装備だし。っで、何に困ってたの?」

「しょ、初期装備だけど新規じゃ――」

「それが未だ聞いてなくてね。こんな可愛い子、リアル指向の強いECCじゃ貴重だから唾つけておこうと思って。ちょっとお話してたの」

「呆れた。人がちょっと目を離した隙に、すぐそういうことするんだから……」


 だ、だめだ。この人たち私の話を聞いてくれない。

 いや、多分単純に私の声が小さいだけなんだろうけど。だって周りは騒音がひどいし、二人だって結構声を張り上げて会話してるし……。


「あ、れ……」


 周囲を見てみると、なぜかやたらと他プレイヤーの視線がこちらに集まっている。なんで……あ、そっか。

 こんだけ奇麗な二人が声を張り上げて会話してたら、みんな気になっちゃうよね。ひ、ひぇーっ。私、晒し者じゃんかっ。


「し、失礼します」


 何故か呆れ顔のミーシャさんと弁明するようなモーニンさんに小声で頭を下げて、私はそそくさと逃げ出した。きっと気付かれていないはず。

 ふひひ、『隠密LV.6』は伊達ではないのだ。


「……ふぅ、どうしようかな」


 二人のお姉さんから離れて人心地着きながら呟く。

 お姉さんたちからは離れられたけれど、周囲は未だに人の群れだ。そして気付いたけれど、大部分の人が私やミーシャさんと同じように初期装備。

 持ってる武器はそれぞれ違うけれど、服とズボンが似たような感じだから分かる。そう言えばモーニンさんはもっとしかっりとした感じの服を着ていたなぁ。この違いってなんだろう――あ、もしかして。


「もしかしてこの人たち、『第二陣プレイヤー』ってことかな? そう言えば順調に行けば、ゲーム内の一月ほどで後続組が開始できるって情報にあったような……」


 なんせリアルでも三週間ほど前の記憶だからあやふやだけど、たしかにそう言った話があったはず。ミーシャさんも新規って言ってたし。

 始まりの町の広場にやたら人が多いと思ったら、皆ご新規さんなんだ。


「ふふふ。みんな私の後輩なんだ。いいなぁ、こういうの。オフラインの格ゲーじゃ味わえない優越感と言うか……なんだろう、右も左もわからない子に色々教えてあげたい」


 ジャイアント・マンティスの肉の味とか、オルトロスの肉の味とか、ギガース・ゴーレムの核が食べられることとか、ジェネラルゾンビの肉を食べると状態異常になることとか――色々教えてあげたい。


「……でも、やっぱり無理だよね」


 残念ながら私のコミュ力の低さは先ほどのやりとりで露呈している。まさかあそこまでダメダメだったなんて。


 い、いや、ほら。

 さっきのは急に話しかけられて心の準備ができていなかったし? なんかちょっとお腹も減って喉も乾いてたし……あとちょっと耳の裏が痒かったし、仕方ないんじゃないかな?

 今度はいける、いけるよ、きっと。


「……よーし、今度こそ何事にも動じないぞっ」


 私は自分に言い聞かせ、広場の中央辺りにあった噴水のふちにお尻を乗せた。


『――ベルンダの街第一広場をリスポーン地点に登録しますか? YES/NO』

「ほがっ?」


 お尻を乗せた瞬間そんな女性の声が響いて、驚き跳ね上がってしまう。そして無様にも地べたにお尻から着地する。び、びっくりした……。


「ふふっ。くまさんのお人形みたい」

「……あの娘可愛い」

「すげぇ、このゲームで銀髪ロリが見られるとは……」


 驚いて両手両足を前に伸ばして固まっていた私は、周囲がこちらを見て嘲笑うような顔を向けている事に気付いた。な、な、何だこの仕打ちはっ!


「み、み、見ないでぇー」


 メッセージを消すために素早くYESを選択して、身体を小さくし小走りでその場から逃げ出す。


 やっぱり人間は怖いっ!


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