第42話 上条 奏とデート
俺はいつものように学校に行った。多くの生徒にとってはなんの変哲もない日常がまたやってきただけである。しかし、俺にとっては、人格が統一されてからの初めての登校だ。
ここまでの通学路で、当然何人かの女性とすれ違った。けれど、どれも俺の好みではない。俺は極端な美人か極端なブスしか愛せない。そういう嗜好になってしまったのだ。道行く女性の大半はそのどちらにも属さない。俺にとっては興味の対象範囲外だ。
俺は自身の教室に入り、自分の席に座った。既に奏ちゃんと二宮さんが登校していた。タイプが全く違うどころか両極端の二人。通常であれば、この二人を同時に好きになるなんてことはありえないだろう。奏ちゃんを好きな人間は一般的で、二宮さんを好きな人は特殊な傾向を持っているのだから。
だけれど、俺はその二人を好きになってしまった。俺は自分でも結構一途な方だと思っていた。現にこれまでの人生で、二宮さんが好きだった時期は彼女しか見えなかった。奏ちゃんと付き合っていた時も同じだ。他の女子を視界に入れたことなんてなかった。二人の異性を同時に好きになるなんてことはない。そう思っていたのに。
「真人君おはよう」
「ああ。おはよう奏ちゃん」
「どう? 最近は調子いい?」
「ああ。まあまあだ」
奏ちゃんはまだ俺の記憶が戻っていることを知らない。俺が記憶を戻ったことを言うべきなのだろうか。そもそも、俺は正確には記憶喪失ではなくて、二重人格でお互いの記憶が共有できなかっただけの話で、そこまで話すと流石にややこしいかな。
「ねえ。真人君。今日の放課後カラオケに行かない?」
「あ、うん。いいよ」
特に断る予定もなかったので、俺は奏ちゃんとカラオケに行くことにした。一応、俺と奏ちゃんは彼氏彼女の関係なんだ。カラオケデートをしたところで問題はない。自然なはずなんだけど、やっぱり二宮さんのことを思うと罪悪感を覚える。
俺が本当に好きなのはどっちなんだ。顔は二人とも優劣がつけがたい。となると性格の問題なのだろうか。二宮さんは言動や仕草が可愛らしくて、いい子なんだ。奏ちゃんも最初に出会った頃は嫌な奴だと思っていた。けれど、最近では俺を思いやる言動が増えてきて、女子として魅力的に思える。
それに今は二宮さんが俺に誤解をしている状況なんだ。その誤解を解かなければならないと俺は思っている。
◇
放課後、俺たちは一緒にカラオケ店に向かった。店員の案内に従って俺たちはカラオケルームに入る。
「ねえ、なに歌う?」
「んー。俺は後でいいや。奏ちゃんから先入れて」
「わかった」
奏ちゃんは最近流行りのアイドルの曲を入れた。正直言って、あのアイドルグループはそんなに顔面偏差値は高くないと思う。奏ちゃんの方が美人だ。俺のひいき目があるかもしれないけれど。
奏ちゃんの歌がカラオケルームに響き渡る。奏ちゃんは顔だけでなく声質も優れていて、聞いているだけで心地いい。更に歌も上手いので心が洗われるようだ。
このルックスと歌唱力なら、本気で歌手を目指せばなれると思う。奏ちゃんにはそれだけの華があると思う。
俺は奏ちゃんの歌に聞き惚れていて自分が選曲するのを忘れていた。
「どうしたの? 真人君? 具合でも悪いの?」
惚けている俺を見て、奏ちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。顔が近い。なんだかドキドキする。
「あ、いや。大丈夫」
「二宮さんのことなんでしょ……」
え? 急になに言い出すのこの子。俺は別に二宮さんのことなんて考えてなかったのに。
「真人君優しいもんね。二宮さんの誤解を解こうって考えているんでしょ? 本当は二宮さんのことを好きで付き合っていたのに、二宮さんはそれを誤解しているって」
「な、なに言ってるんだよ奏ちゃん」
「真人君。正直に言って。もう、真人君の記憶は戻っているんでしょ?」
奏ちゃんは真っすぐな瞳で俺を見た。俺はその言葉を受けてドギマギとした。俺は記憶が戻っていることを隠そうとしていた。もし、そのことを話せば、今の奏ちゃんとの関係が壊れてしまうような気がしたからだ。ブス専だった頃の記憶。それが戻ったなら、美少女な奏ちゃんとギクシャクしてしまうのではないかと考えたのだ。
だけれど……もう隠し通すことはできないか。
「ごめん。もう記憶は戻ってるんだ」
「どうして、黙ってたの?」
「俺は……奏ちゃんとの関係を壊したくなかった。俺は自覚のないブス専だった。だけれど、記憶を失って、また記憶が戻って、それで俺がブス専なんだと初めて気づいたんだ。もし、ブス専だった過去を思い出したと知られたら、奏ちゃんがショックを受けるんじゃないかと思って、言えなかった」
「知ってるよ真人君がブス専だったこと。そして、記憶がなくなってブス専じゃなくなった。それなら、記憶が戻ればまたブス専に戻るかもしれない。それを承知で私は真人君の記憶を取り戻そうとしてたの」
奏ちゃんの声が低く小さくなる。感情を押し殺しているようなそんな感じだ。触れてはいけない禁忌に触れようとしている。そんな恐る恐る俺の反応を確かめるような声色だった。
「真人君の様子を見ているとわかるよ。今まで二宮さんを気にもしなかったのに、最近になって急に二宮さんを気にしだしたんだから。二宮さんのこと好きなんでしょ?」
「俺は……」
本当ならすぐにでも否定すべきなんだろう。それが彼氏としての責務だ。だけれど、俺は否定の言葉が出てこなかった。自分の気持ちに嘘をつけない。
「いいよ。隠さなくても。私、真人君に嘘は言って欲しくないし」
「ごめん奏ちゃん」
「ねえ。真人君は私と二宮さんをどっち選ぶの?」
あまりにも直球すぎる質問。俺は奏ちゃんのその言葉に固まってしまった。
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