第41話 別れの時

 俺は自室にて一人で悩んでいた。俺はどうして二宮さんの傍にいてやれなかったのだろう。あの時事故に遭いさえしなければ、俺はずっと二宮さんと一緒にいられた。


 あの事故は俺に自責があったわけではない。ただの不幸な事故だ。だけど、俺があの事故を切っ掛けに二宮さんの傍を離れてしまったのは事実。そして、俺の代わりに現れたもう一人の俺。それは俺と違って二宮さんのことが好きではなかった。


 どうして、同じ肉体なのに違う人を好きになってしまったんだろう。せめて同じ人を好きになっていれば、俺たちはこんなに悩むことがなかった。


 それに二宮さんにも誤解されている。俺は本当に二宮さんのことが好きだったのに、どうして最初から好きじゃないみたいなことを言っていたんだろう。


(諦めろよ。もう一人の俺。お前は……いや、俺たちは、二宮さんに愛想をつかされたんだ。フラれた女にいつまでも執着するのは見っともないぞ)


 うるせえ! 誰のせいでこうなったと思ってるんだ。お前が目覚めさえしなければ、俺は……俺は……


(おいおい。人のせいにするのはやめろよ。お前が二宮さんが好きなのと同じように、俺は奏ちゃんが好きだった。お前が二宮さんと付き合ったように、俺は奏ちゃんと付き合った。そこになんの違いもないだろ)


 確かに逆の立場だったら、俺は上条を振って二宮さんと付き合っていたのかもしれない。けれど、失恋の痛みとはそう割り切れるものではない。


 俺は初めて経験する失恋というものに心を痛めていた。その時だった。


 ドクン。と俺の心臓が大きく脈打った。激しい動機というわけではない。本当に一瞬だけ大きく脈打った。その瞬間、俺は頭が割れるような感覚を覚えた。


(ッ――! なんだ。これは)


 どうやら、もう一人の俺も感じているようだ。なんだ? 俺の体で一体なにが起きているんだ?


『あ、俺は……俺は……』


 自分の精神が溶けていく感覚。なにか強酸に浸かっているかのような嫌な感覚。俺は息を荒げた。まるで自分が自分でなくなる。そんな予感がしてきた。


(お前もか……実は、俺もだ。俺も足元からなにかが崩れ去っていくようなそんな感じになった。一体どういうことだこれは)


 わからない。俺の身になにが起きているのかを……二重人格なんて滅多にいるわけではない。しかも、その症状や境遇も人それぞれだ。正確にこの対処法が正しいというものは専門家でも判断が難しいだろう。


(どうする? 一度精神科にでも通ってみるか?)


 精神科か……高校生の俺らが簡単に行けるような場所じゃないな。保険証は親が持っているし、親になんて説明すればいいんだ? 俺は事故を切っ掛けにもう一人の人格が目覚めて、その人格が現れてから精神が溶けていくような感覚を覚えたって? そんなこと言ったら心配されるか、頭がおかしくなったと思われるかのどっちかだ。


(確かに対処法が見つからないな。クソ、どうすればいいんだ)


 ドクン。また心臓が跳ね上がる音が聞こえた。その時だった。今度は自分の心がバラバラに張り裂けそうな思いになった。少し気を抜いただけで、意識を失ってしまいそうになる。それくらいの強烈な感覚が俺を襲う。


(あ……あ……)


 やばい……俺も意識が……どんどん語彙力が消失して……


 俺たちの心がバラバラになり、それが混ざり合い一つになっていく感覚を覚えた。


――


 真っ暗な世界が広がる。少し気怠いようなそんな感覚を覚えた。俺がゆっくりと目を開けると、外は真っ暗になっていた。俺が気絶する前まではまだ夕方だった。


 時計を見ると8時を示していた。少し眠っていたようだ。


 俺はどうやら人格は無事なようだ。そっちはどうだ? 真人……?


 あれ? 俺が真人Aだっけ? 真人Bだっけ? 相手が真人A? それとも真人B?


 混乱してきた。俺の人格はどっちだったんだろう。AかBか……なあ、お前はどっちだ?


 いくらもう一人の俺に呼びかけても、その声は聞こえてこなかった。どういうことだ。俺は慌ててクラスの集合写真を見た。


 このクラス写真を見れば俺がどっちかわかる。二宮 舞にときめけば、俺は真人A。上条 奏にときめけば俺は真人Bだ。さあ、どっちだ……


 俺は机の中にしまってあったクラス写真を撮り出した。そこに映っていたのは二人の美少女。上条 奏と二宮 舞。なんだ。この感覚は……どっちも可愛く思える。


 上条 奏の方は正統派美人って感じで万人に受けそうな感じがしていい。二宮 舞も癖は強いけれど、俺は嫌いじゃない。むしろ好きだ。


 え? どういうことだ。俺が上条(二宮さん)を可愛いと思うだなんて。


 落ち着け。思い出せ。俺の記憶を辿るんだ。事故以前の記憶があれば俺は真人Aだ。逆に事故直後の記憶があれば俺は真人B。それで決着がつく。


 あの日、俺は二宮さんのお祖父さんの通夜の帰りに狭い道路を通った。その時に、車に轢かれて意識を失った。よし、この記憶があるってことは俺は真人Aだ。


 そして、俺は目が覚めた時、見知らぬ男女を見てこの人たちが誰かわからなかった。そこから俺の物語は始まった……


 いや、おかしい! この時の記憶俺が持っているはずがない。なんでだ……


 さっきから、声が聞こえてこない。もう一人の俺の声が完全に消えている。あいつは消えた……いや、消えたのはあいつなのか? 消えたのは俺じゃないのか?


 違う。二人とも消えて、二人とも存在している。俺たち二人は一人になったんだ。そして、その影響で俺は、美人でもイケるし、ブスでもイケるようになった。


 これが幸か不幸かわからない。さっきまで普通に話していた存在が消えたのは少し寂しい気もする。けれど、二人の好みの関係で恋人関係で悩むことはなくなった。


 俺はこれから自分が本当に好きだと思える女子と付き合うことができるんだ。しかし、俺が好きな女子は二人いる。俺は当然一人だ。どっちかを選ばなければならない。


 俺は、どうすればいいんだ?

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