第39話 夢と目覚めた人格
「よっしゃ! 石溜まったガチャ引くぞ」
俺は自室にてお気に入りのソシャゲをプレイしていた。最近アップデートで追加された通常ステージをクリアしたことで、初回クリア得点の石を貰った。
石はガチャを回すためのアイテムみたいなもんで、ガチャはより強いキャラを手に入れるための手段といった感じだ。と言っても、俺らの世代でソシャゲをやってない方が逆に珍しいくらいで説明は不要かな。
俺は意を決してスマホの画面に表示されている11連を引くというボタンをタップした。すると、女神が現れる演出が出た後に俺が獲得したキャラが11人表示された。
残念ながら最高レアはなし。それどころか、全部持っているキャラだった。所謂爆死というやつだ。廃課金勢の中では、引けるまで引けば爆死じゃないと宣う輩もいるが、高校生の俺にそんな財力があるわけがない。こちとら、無料の石をかき集めて必死にキャラを強化しているんだ。
「あーあ。最悪だ。寝よう」
俺は気分が落ち込んだまま就寝した。現実では最悪な思いをしたのだから、夢の世界ではいい思いをしたい。そんな俺の願いは叶うのだろうか……
◇
俺は森の中にいた。暗い暗い森の中。日の光が僅かに差し込む暗い森の中だ。俺はその森の中で横たわっていた。
「東郷君……東郷君……」
俺を呼ぶ声が聞こえる。この声は聞き覚えたがある。二宮さんの声だ。俺は声がする方向を見た。そこにいたのは、髪型や背格好が二宮さんと全く同じの人間がいた。ただ、この人間は顔が黒く塗りつぶされていて、表情を伺うことができなかった。
「あ、やっと目が覚めたんだね」
「二宮さん……だよね?」
「ん? そうだよ。東郷君の彼女の二宮 舞だよ」
やけに説明口調な自己紹介の仕方だ。だけれど、俺はその言葉を自然と受け入れていた。そうか。俺は二宮さんの彼氏だったな。
「ねえ。こんな森は抜けて、あっちのお花畑に行こうよ。綺麗なお花が沢山あるよ」
「ん? ああ、そうだな」
俺は二宮さんに連れられて花畑に向かうことにした。正直花にはあんまり興味がない。俺が知っている花と言えば、チューリップとアサガオくらいなものである。けrど、彼女の二宮さんが行きたいと言っているなら行くしかないか。
「だめ。そこには行かないで」
俺の背後から声が聞こえた。この声は聞き覚えがある。上条 奏。学年一の……なんだっけ? あれ? 俺、上条 奏のことをなんて呼んでたんだろう。思い出せない。まあいいや。呼び方はそんなに重要じゃない。とりあえず、相手は女子だし名字で呼んでおくか。名前呼びだとなんか馴れ馴れしいし。
俺は振り返り、上条の方を見た。二宮さんと同じく、上条の顔は黒く塗りつぶされていた。どうして、二人とも顔が黒く塗りつぶされているんだ?
「そこには行かないでってどういうことだよ上条」
「奏ちゃん」
「は?」
「真人君は私のことを奏ちゃんと呼ぶの。上条だなんて他人行儀な呼び方やめて」
「そうだっけ?」
俺、女子をちゃん付けで呼んだことないんだけどな。あれ? あったっけ。思い出せない。
「邪魔しないでよ上条さん」
二宮さんの声色が変わった。声から察するにかなり怒っているようだ。顔が黒く塗りつぶされていて表情が全く見えないけど、声だけで十分感情は伝わってくる。
「真人君。こっちに来て。あなたは私の彼女なのよ」
なんで……どうして俺に彼女が二人もいるんだ。彼女って普通一人じゃないのか?
俺の頭は混乱を極めた。
「真人君。私の顔をよく見て。私の顔を見たら、私と付き合っていることを思い出すはずだよ!」
上条は俺の頬を手でがっちりと固定して、俺と顔を近づける。後ほんの少し、なにかの間違いがあればキスするほどお互いの顔が近くなる。
これがもし美少女だったら、きっとドキドキするものだっただろう。しかし、俺と顔を近づけているのは顔を黒く塗りつぶされたナニカだ。当然興奮なんかしようがなかった。
「顔が見えないんだよ」
「これでも……?」
上条がそう言うと顔にかかったもやが少しずつ晴れていく。すると中から出てきたのは、名状しがたい顔だった。
この顔は美人なのかブスなのか。自分でもわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。脳内がバグっている。俺にはもう美醜の判断ができない。誰かこの顔が美人なのかブスなのかを教えて欲しい。
「東郷君! 私の顔を見てよ!」
背後から二宮さんの声が聞こえた。俺は上条の手を振り払って、振り返った。するとそこには顔の黒いもやが取れた二宮さんの姿があった。
上条とタイプは違えど二宮さんも名状しがたい顔をしていた。俺はどうして、この顔を美人ともブスとも判断できないんだ。
頭が割れるように痛い。まるで自分が自分でなくなるような感覚。俺の身が引き裂かれるような感覚を覚えた。
実際、体は無事なんだけれど、精神が分裂していくような感覚だ。俺は……俺の精神はどうなっているんだ……
気づいたら俺は俺を見つめていた。なにを言っているかわからない。自分でも状況を整理できていない。俺の体が分裂してしまったのだ。
どっちが本当の俺でどっちが偽の俺なんだ。それがわからない。いや、違う。この俺は二人とも本物なんだ。俺はどちらの意識も共有できている。
右の俺は、二宮さんを美人だと思い上条をブスだと思っている。左の俺は、二宮さんをブスだと思い、奏ちゃんを美人だと思っている。
なんだ。これは……俺は……俺は……
◇
目が覚めた……俺は全てを思い出した。俺の正体がハッキリとわかってしまった。俺は無自覚のブス専だった。世間では、ブス扱いされている女子が好きだったんだ。
だから、俺は二宮さんが好きだという気持ちに嘘はなかった。だけど、俺が記憶を失くしたと同時に別の人格が俺の中に生まれてしまったのだ。それが、世間と美醜の感覚が一致している俺。上条を好きになった俺……
(一つ訂正がある。俺は生まれた時からお前と一緒にいた存在だ。事故によって新たに生まれた人格じゃない。事故によって表面化しただけだ)
俺の中の誰かが語り掛けてきた。これはもう一人の俺……? 上条のことが好きな俺?
(精神の主導権をずっとお前に握られていたんだ。だから、俺は記憶の蓄積もできなかった。その俺が表面に現れたことで一見記憶喪失になったかのように見えたってことだ)
言っていることがよくわからない。
(流石俺。やっぱり俺はバカだな。安心しろ。実は俺もよくわかっていない)
ただ、一つだけわかっていることがある。俺は実は二重人格だった。ただ一つの人格が強すぎて、もう片方の人格があることに気づけなかっただけなのだ。俺が事故で人格が眠っている間に片方の人格が目覚めて、活動をしていた。
その間にお互いがお互いの人格があることに気づいていなかった。だけど、今はそれがハッキリとわかる。なぜなら、俺らの主導権は今半々になっているからだ。
お互いがお互いの記憶と知識を共有できるようになった状態。いつでもお互いの人格を入れ替えることができる状態……俺たちはそんな歪な関係。
って、お前! なんで二宮さんと別れてんだよ!
(知るか。あんなブスと付き合う方がどうかしているわ!)
上条の方がブスだろ! ふざけんな!
(は? 奏ちゃんは美人だろ。お前目が腐ってんじゃないのか?)
俺は自分自身となんの生産性もない口喧嘩をした。俺はその日は学校を休んだ。急に人格が一つ増えた状態で、俺自身も精神が乱れている状態だ。こんな状態で学校に行ったら混乱は避けられないだろう。
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