第35話 体育祭の準備

 もうすぐ体育祭の時期だ。運動は特に滅茶苦茶得意ってわけでも、苦手でもない俺にとっては、割とどうでもいいイベントだ。楽しみでもないし、憂鬱でもない。そんな立ち位置だ。


 俺たちの学年が今年、クラス全員でやる競技はリレーと三人四脚リレーと大縄跳びの三種目だ。それ以外は選択制で俺は障害物競争にでることになった。


 リレーでは俺は2番目を走ることになっている。1番目の梅原からバトンを受け取り、3番目の奏ちゃんにバトンを渡す。クラスの中でもそこそこ足が速い人物を前に持っていき、流れを作る作戦らしい。俺はその役目に選ばれてしまった。面倒くさい。


 それにしても奏ちゃんは美人だし、勉強はできるし、スポーツも万能とかいい所しかないな。こんな彼女が持てて俺は鼻が高かった。


「では、三人四脚の組をくじ引きで決めます。出席番号1番の人から順番に引いて下さい」


 学級委員長の指示に従い、みんなが順番にくじを引いていく。俺は5番と書かれた紙を引いた。


 俺と同じく5番の人は誰だろう。あんまり話したことないやつは勘弁して欲しいなと思っていたら、俺と同じく5番を引いた人を見つけた。奏ちゃんも5番を引いたようだ。


「やった。真人君と一緒だ。よろしくね真人君」


 奏ちゃんは邪気のない笑顔を俺に向けてくれた。嬉しい。この笑顔だけで体育祭まで乗り切れる気がする。


 俺としては奏ちゃんと一緒の番号になれて嬉しいけれど、これは三人四脚だ。もう1人いるんだ。その人には少し気の毒な思いをさせてしまうかな。だって、俺たちは付き合っているから、1人だけ疎外感を味わわせてしまうかもしれない。


「あの……」


 二宮さんが声をかけてきた。一体なんの用だろうか。


「私も5番を引いたの」


 二宮さんは持っていた紙を見せてきた。確かに5番と書いてある。ということは、俺はこの2人と一緒に走ることになるのか?


「おー! 真人羨ましいこったな。女子2人だなんて。両手に花じゃねえか。こっちは男子3人だぞ。いやー、女子2人は羨ましいわー。マジで羨ましいわー。ぷーくすくす」


 梅原が嫌味たっぷりに俺に絡んできたので肘鉄をかましておいた。俺の一撃が鳩尾に入ったせいで、梅原は「うぼへ」とわけのわからない声をあげて、鳩尾を抑えて悶えている。


 正直言ってきまずい。今カノと元カノ。その2人が俺のパートナーだ。奏ちゃんは二宮さんを睨みつけているし、二宮さんは俺をじっと見ているし、俺はどこを見ていいのかわからないし。もうどうすればいいんだこれ。



 早速、体育用のジャージに着替えた俺らは三人四脚の練習をすることになった。


「えっと……位置はどうする?」


「男子の真人君が真ん中になった方がいいんじゃない? 真ん中は安定感があった方がいいと思うから」


「うん。私も東郷君が真ん中がいいと思う」


 俺が真ん中? ってことは女子に挟まれる形になるの?


「んまあ。特に反対意見もないしそれでいいか」


「じゃあ、私が真人君の左側を取るから、二宮さんは右側でお願い」


「え? あ、うん。それでいいよ」


 多少、空気はピリピリしているものの特に揉めることなく立ち位置は決まった。俺としては真ん中は勘弁して欲しかったけれど、奏ちゃんと二宮さんを隣同士でくっつける方が問題が起きそうな気がする。だから、間に俺が入るのがなんだかんだ正しい。そんな感じがした。


 俺たちは紐で足を縛った。そして、隣の人と肩を組合い、三人四脚の形を取る。


「まずは歩いてみようか。俺が号令をかけるから、1、2、1、2のリズムで歩こう」


 俺が号令をかける役。俺のリズムの取り方次第では一気に崩れるかもしれない。そのプレッシャーをかけながら俺は号令をかける。


 しかし、ものの数秒で転んだ。3人仲良く地面に転げる。


 二宮さんが出す足を間違えたせいだ。


「いたた……」


「ご、ごめんなさい。私のせいで」


「いいよ。二宮さん気にしないで。失敗は誰にでもあるから」


 奏ちゃんは二宮さんにそう言ったが、声色から若干の苛立ちが感じられた。


 その後もなんどか続けたが、二宮さんはリズム感がないというか、運動神経がないというか、とにかくあんまり上手くできなかった。


「2人ともごめんなさい」


 二宮さんが深々と頭を下げて謝る。


「大丈夫。まだ体育祭まで時間はある。これから練習しよう。放課後3人で集まって自主練でもしないか?」


 俺はなんとかこの場を取り繕うとする。幸い、俺たち3人は誰も部活をやっていない。放課後は時間があるのだ。


「ええ。わかった。二宮さんが都合がつくなら、私も大丈夫」


 奏ちゃんが大人の対応をしてくれた。


「東郷君。上条さん。ごめんなさい。私のせいで貴重な時間を使わせてしまって」


「ううん。いいの二宮さん。私としては、真人君と一緒にいられる時間が増えたんだからむしろ喜ばしいことなの」


 奏ちゃんは嬉しいことを言ってくれるのだけれど、その言葉を聞いて二宮さんの表情が変わった。先程までは申し訳なさそうにしていたのに、奏ちゃんを見る目つきが鋭くなった。睨みつけているとまではいかないけれど、恨めしい。そんな感じの目だ。


 なんでこの2人と一緒に三人四脚することになってしまったんだろう。俺が願うことは1つだけだ。このまま何事もなく、揉めることなく、体育祭が終わって欲しい。ただそれだけだ。

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