第33話 胸の感触と記憶
俺たちは病室に来ていた。病室はとても薄暗くて、電気がパチパチと点滅を繰り返している。かなり不気味な雰囲気だ。
「なんか嫌な雰囲気だね」
奏ちゃんは恐怖からか俺の腕にしがみついた。その時に奏ちゃんの胸が俺の腕に当たる。薄暗い場所でのこのシチュエーション。どこかで覚えがある。どこだっけ? 思い出せない。
「うぅ……」
「どうしたの真人君?」
「大丈夫。なにかを思い出しそうになっただけだから」
「そう……なら良かった」
俺はなんつーことを思い出しているんだ。もっと重要なことを思い出さなきゃいけないのに。こんな胸の感触のことを思い出すなんて。やはり俺も男だった。
でも、この記憶が別のなにかを思い出す取っ掛かりになればいいなと思う。じゃなきゃ俺はただの変態野郎だ。
「どこにQRコードがあるのかな?」
奏ちゃんがQRコードを探し始めた。俺もなんとかして見つけたい。じゃないとこのままでは彼氏としての立場がない。
こういう時はどこを見ればいいんだ? そうえいば、俺が記憶を失った時、その事故が起きたときに一番最初に目にしたところは天井だったな。病室といえば天井というイメージがあるし、やっぱりそこにあるのか?
俺は天井を隈なく探した。するとそこには、QRコードを見つけた。
「あった! 奏ちゃん! QRコードがあったぞ」
俺はQRコードを指さした。そして、そのまま電子端末をかざしてQRコードを読み取った。結果はどうだろうか。
【FAIL】と表示されている。どうやら先程のSUCCESSとは違い、良くないことが起こったようだ。
「また最初からやり直しだね」
「そうだね。ごめん」
「真人君が謝ることじゃないよ。気を取り直していこう」
奏ちゃんは前向きだった。一方の俺はというと、この病室であることを思い出して少し憂鬱な気持ちになっていた。
記憶を失った俺を見つめる両親の顔。あれは忘れもしなかった。俺の両親は「お前が生きていてくれただけでもいい」と言ってくれていたけれど、本心は俺が記憶を失ってとても悲しんでいるようだった。
俺は両親のためにもなんとしてでも記憶を取り戻したい。もう、親を悲しませるようなことはしたくないんだ。
◇
「惜しかったねー」
「後一つQRコードが見つかればいけたのにな」
結局のところ、俺らは時間内に正解のQRコードを見つけ出すことができなかった。この脱出ゲームはかなり難易度が高いという噂だし、初回の挑戦でクリアするのはほぼ不可能だろう。
「ねえねえ。真人君。もうすぐこの広場でパレードをやるんだって。見ようよ」
「うん。わかった見よう」
パレードが始まるまであまり時間はない。アトラクションに乗る余裕もないだろう。俺たちはここでパレードが始まるまで少し休憩することにした。
「ねえ、真人君。なにか思い出した?」
奏ちゃんが俺の顔を覗き込むようにして、語り掛けて来る。思い出したことと言えば、お化け屋敷での奏ちゃんの胸の感触くらいなものだ。しかし、それを正直に言っていいものだろうか。
「いやなにも思い出してないかな」
「そう……」
俺は嘘をつくことにした。正直に話したところで、奏ちゃんに呆れられるだけだ。そういえば、あの時の俺はどこか奏ちゃんを毛嫌いしていた。その理由がよくわからない。
奏ちゃんを嫌っていた理由。そんなものあるのだろうか。奏ちゃんは記憶を失くしている俺にも良くしてくれている。顔も良いし、性格も問題ないと思う。どこに嫌う要素があったんだろうか。
「見て、真人君、パレードが来たよ」
そうこうしている内にパレードが始まった。遊園地のキャラクターのきぐるみを来た人を中心に周りをダンサーで固めている。軽快な音楽を鳴らす演奏隊と共に行進が始まった。
パァンと爆竹の音と共に風船が空中に舞う。その演出に観客の子供たちも大喜びだ。人気キャラターのきぐるみが手を振ると観客たちの歓声が一気に沸き立つ。
その歓声に紛れて、悪役キャラクターが登場した。悪役キャラクターは暴れまわり、主役キャラクターに攻撃をしかける。主役はその攻撃を避けて、悪役に反撃をしかける。
二人の攻防が続き、主役の一撃が炸裂して悪役が吹っ飛ばされる。そこで観客たちが沸いた。主役は決めポーズをしてみんなが大盛況する。
パレードは無事に終了した。俺も我を忘れて少しばかりはしゃいでしまった。
「パレード楽しかったね」
「ああ」
奏ちゃんも楽しんでいたようで良かった。
そろそろ暗くなってきた。閉園時間までまだ時間があるけれど、あんまり遅くなっても困るだろう。
「奏ちゃん。そろそろ帰ろうか」
「うん……真人君ともう少し一緒にいたいけれど、仕方ないね」
もう少し一緒にいたい。その言葉を言われて俺は嬉しくなった。けれど、俺にも奏ちゃんにも門限はある。特に俺は事故に遭った影響か、親は過保護なほど心配している。少しでも門限を過ぎようものなら、鬼のように怒られる。
俺自身、名残惜しい気持ちを押し殺しながら遊園地を後にした。
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