第32話 リアル脱出ゲーム

 俺たちはバイキングのアトラクションに乗った。俺の隣で奏ちゃんが物凄く絶叫している。一方、俺はというと絶叫する余裕すらなかった。今、口を開けたら確実に吐く自信がある。


 やばい。完全に酔った。前の俺はジェットコースターに乗ったらしいから絶叫系は大丈夫なはずだった。なのに、このバイキングは俺の三半規管にかなりのダメージを与えたのだった。


 どうやら俺はジェットコースターのような乗り物は大丈夫だけれど、バイキング系のような揺れるものはアウトらしい。


 船が止まった後、俺は放心状態になっていた。しばらく動きたくない。けれど、動かなきゃ次の客が乗れない。俺はなんとか体に鞭を打って立ち上がった。


「おええ……」


「真人君大丈夫?」


 奏ちゃんが俺の顔を覗き込み心配してくれた。ペットボトルを取り出して俺に手渡してくれた。優しい。俺は奏ちゃんの好意に甘えてなんとか水を口に運ぶ。


「ごめん。しばらく、乗り物は無理だ」


「じゃあ、お化け屋敷に行く?」


「ああ。そうしよう」


 俺たちは手を繋いでお化け屋敷があるエリアまで向かった。しかし、そこには非情な文字が書かれていた。


【改装工事中】


「そんな改装工事中なんて……」


 俺はお化け屋敷の前で肩をがっくりと落した。ここには俺が記憶を取り戻すための手がかりがあったかもしれないのに。俺は前に奏ちゃんと二人きりでこのお化け屋敷に入った。前回と同じ状況を再現できたのに……高校生の財力では、そう何度も遊園地に行くことはできない。折角のチャンスを俺は無駄にしてしまったわけだ。


 そんな落ち込んでいる俺に奏ちゃんは肩に手をポンと置いてくれた。


「そんなに落ち込まないで。今は遊園地を楽しむことを考えよう」


「ん。ああ、そうだね」


 いけない。俺は自分の記憶に固執して、奏ちゃんとデートしているこの時間を蔑ろにするところだった。さっきまで、俺はそのつもりだったじゃないか。急に奏ちゃんに「記憶を取り戻す手伝いをする」と言われて舞い上がってしまった。


「真人君はまだバイキングの酔いが残っているよね? まだ乗り物に乗れそうにない」


 奏ちゃんは俺の体調を気遣ってくれている。こんなに美人で優しいなんて女神かよ。ますます好きになってしまう。


「ごめん。回復するまでしばらく時間かかりそう」


「そっか……それなら、ここにあるリアル脱出ゲーム行ってみない?」


 奏ちゃんは遊園地のガイドマップを取り出して、ある一か所を指さした。リアル脱出ゲームか。気晴らしにはいいかもしれないな。尤も俺は謎解きが大の苦手なわけだけど。


「うん。行こうか」


 そのまま俺たちはリアル脱出ゲームがあるフロアまで行った。


 リアル脱出ゲームも中々の人気のようで結構待っているようだ。俺たちは列に並んで待つことにした。建物の外観は白を基調にした建物だ。この脱出ゲームは廃病院からの脱出というもので、かなりホラー目な要素がある。ホラー好きな俺としては、中々嬉しい仕様だ。


 しばらく時間が経ち、俺たちが入る番になった。建物の中は薄暗くて、とても不気味だ。空調もかなり効いていて薄ら寒い。この背筋にぞくぞくとくる寒さが余計に恐怖心や不安な心を煽る。


 俺たちは受付で電子端末を受け取った。この電子端末を使って、探索をしていくらしい。端末は制限時間表示とQRコード読み取り機能がついている。


「なんか雰囲気が出てて、怖いね」


 奏ちゃんが俺の服の袖をちょっとだけつまんだ。その仕草が可愛らしく思い、俺は怖さというものが吹き飛んだ。


「大丈夫。俺が付いているから」


 なにが大丈夫なのか自分でも言っていてわからない。俺は謎解きや探索のたぐいがかなり苦手なのだ。


 この電子端末を使って病院内に隠されたQRコードを見つけてスキャンするゲームだ。QRコードにはそれぞれ当たりとはずれがある。


 四種類の当たりのQRコードをスキャンすればクリアだ。はずれのにQRコードをスキャンすると、当たりのデータが消えて最初からやり直しである。


 当たりのQRコードかはずれのQRコードかどうかの判定は、電子端末毎に異なっている。だから、前の人がやっているのを見てから、QRコードをスキャンするというインチキは使えない。


 制限時間内に当たりのQRコードを四つ見つけられることができるだろうか。挑戦するからにはクリアしたい。俺はその思いでこのリアル脱出ゲームに挑むことにした。


 俺たちは早速、前に進んだ。施設内には既に先行して入っている人が探索している。妙に薄暗くて不気味な雰囲気だけど、お化け屋敷のように脅かしの要素はないし、人も沢山いるのでホラー苦手な人でも大丈夫だろう。


「まずはQRコードを見つけよう? 当たりにしろ、はずれにしろ見つけないことには始まらないし」


「わかった。二人で一緒に探そう」


 俺が主導になって探索をすることにした。ここは彼氏である俺が頼れるところを見せないとな。


 まずは近くにあったラボに入る。そこには、ホルマリン漬けにされたなにかの生物の標本がたくさんあった。なんか理科室を思い出して気分悪くなるな。俺理科苦手だし。


「この部屋にQRコードあるかな?」


 奏ちゃんが辺りを見回している。俺は壁にQRコードがあると踏んで壁を注視しながら、部屋を一周した。しかしなにも見つからなかった。壁にはないようだ。


「あった! あったよ真人君!」


 興奮している奏ちゃんが大声をあげている。奏ちゃんは椅子の裏を覗き込んでいる。そんなわかりにくい場所にQRコードあったのか。くそう。スタッフも意地が悪いな。


 俺は電子端末をかざしてQRコードを読み込む。すると画面には【SUCCESS!!】と表示された。なんて読むんだこれ。俺、英語苦手なんだよ。


「やった! 真人君! 当たりだよ」


「お、おう。そうだね」


 SUCCESSという単語が何を意味するのかは知らないけれど、どうやら当たりのようだ。この調子でがんばろう。

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