第31話 上条 奏の心境

 危なかった。真人君は記憶を戻そうとしている。それだけは絶対に避けなければならない。


 真人君はどういうわけか記憶を失くしたと同時にブス専の気が全くなくなってしまったのだ。そのお陰で私は真人君と付き合うことができた。


 もし、記憶が戻って真人君が元のブス専に戻ってしまったら、私は確実に嫌われてしまうだろう。


 今回の遊園地デートに来たのは失敗だったかな。まさか、真人君が記憶を取り戻そうとしているだなんて思わなかった。追体験で記憶が戻ってしまうのであれば、できるだけ前回とは違う行動を取らなければならない。


 特に二宮さんと一緒に乗ったジェットコースターと観覧車には注意しなければならない。もし、二宮さんの記憶が少しでも蘇れば、彼女を好きでいたという事実を思い出すであろう。そうするとブス専の気が復活してしまうかもしれない。


 なら、ここは彼女の特権というやつを使うしかない。遊園地で、はしゃいでいる彼女を見たら彼氏はなんでも許しちゃう説。これを使って、上手く乗るアトラクションを誘導しよう。


「ねえ、真人君」


 私は真人君の左腕にしがみついた。普段なら絶対にやらない行為。だけれど恋人と二人でいる遊園地という非日常の空間が私を大胆にさせた。今なら二人の関係をもっと深いところまで進展させられる気がする。


「わ……」


 私に抱き着かれて真人君は少しビクっとした。いきなりの行動でびっくりしたのだろう。私を横目でチラチラとみて様子を伺う真人君。少し挙動不審だけど、その困惑している様が少し可愛く思えてしまう。


「奏ちゃん。ちょっと大胆すぎない?」


「真人君は嫌なの?」


 私は間髪入れずに上目遣いでそう問いかける。少し、あざといかなと自分でも思う。


「い、嫌じゃないよ。うん、全然嫌じゃない」


 良かった。もし、真人君に拒否されたらとても悲しい思いをするところだった。とりあえず第一段階はクリア。思考を私に向けるために体を密着させる。過去の記憶なんかどうでもよくなるくらい、今の遊園地デートを楽しませてあげなきゃいけない。


「私、あれ乗ってみたいな」


 私が指さしたのは船型のアトラクション。バイキングだ。船が前後に揺れるというアトラクション。前回は時間の都合で乗れなかったけれど、乗ってみたいアトラクションの一つではある。


「あれに乗りたいの? いいよ」


 真人君は私のわがままを聞いてくれた。この遊園地のバイキングは結構評判でかなり並ぶ。待ち時間暇だなあ。


 既に先行して乗っている人たちの叫び声が聞こえる。私も早く乗りたいな。そして思いっきり叫んでストレス発散するんだ。


「ねえ、奏ちゃん。奏ちゃんは怖いのって平気?」


「ん? 人並みには大丈夫な方だよ」


「じゃあ、これが終わったらお化け屋敷に行かない? 俺、そういうのに興味あるんだ」


 出た。真人君のホラー趣味。なぜか彼はホラー系のものが好きなんだよね。私も嫌いではないけど、お化け屋敷は前回行ったからなあ。二度入っても何が来るかわかっているし、あんまり楽しめそうにないな。


「えっと……ごめんね。真人君。私たち前回そこに行ってるんだよね」


「あ、そうか。ごめん……二回目のお化け屋敷に入ってもあんまり楽しめないよね」


 真人君はしょんぼりしている。なんだか悪いことをしてしまったかな。私にとっては二度目だけれど、彼にとってはまだ一度目なんだ。一緒に入ったはずなのに……その記憶も思い出してくれないなんて……


「奏ちゃん。さっきは変なこと言ってごめん」


「え? 急にどうしたの?」


「ほら、俺が前回と同じアトラクションに乗ろうって言ったじゃん。奏ちゃんにとっては二度目で楽しさも半減しているのに、俺、自分のことしか考えてなかった」


 真人君は俯いている。そうか。彼も必死なんだ。私には記憶を失う辛さはわからない。ただでさえ事故に遭って辛い思いをしたのに。


 自分のことしか考えていなかったのは私の方だ。私は真人君のことをなにも考えてなかった。真人君には取り戻したいものがあって、それが彼にとってなにより大切なものなんだ。私はその邪魔をしようとしていた。


 私は真人君を信じていなかったのかもしれない。記憶が戻ったら、二宮さんの方にまた行くんじゃないかと不安で仕方なかった。本当に彼のことを信頼しているなら、記憶が戻っても私を選んでくれると信じられるはずだったんだ。私は付き合っている彼氏を疑った最低の女だ。


 もし仮にこのまま真人君と上手く行って、結婚して、子供も生まれたとして。本当に幸せな家庭を築けたと言えるのだろうか。記憶を失った状態の真人君は正常な判断ができていないのと同じじゃないのか。


 私はそんな状態の真人君と付き合って浮かれていた。私が本当に望んでいたのは真人君とただ付き合うことだったの? そう自問する。私の答えは出た。私が本当に欲しいのは真人君が心から私を好きだと思ってくれる愛情だ。


 真人君にも意思があって、自由に相手を選ぶ権利がある。私は彼のその権利を剥奪はくだつしているのと同じことをしている。彼の今までの記憶という判断材料を奪っているのだから。


 私は自分を恥じた。卑怯な女だと自分でも思う。だからこそ、私は正々堂々としようと思った。だって、私は真人君と付き合うから。大好きな真人君の相手が性悪な女だったら悲しい。そんなの真人君に対して失礼すぎる。


 本当に真人君のことを大切に想うのなら、真人君が心に決めた相手が隣にいることを望むべきじゃないのか。


「真人君。私、真人君の記憶を取り戻す手伝いをする!」


「え? ど、どうしたの急に。さっきと言ってることは違くない?」


「さっきまでの私は忘れて。あれは真人君の気持ちを考えない酷い女の子だったから」


「ん? あ、ああ」


 記憶を戻ったら真人君が誰を選ぶのかはわからない。けれど、記憶が戻った本当の真人君が選んだ相手が、一緒にいるべき相手なんだ。それが例え、私じゃなくても……二宮さんだったとしても、その結果は受け入れよう。


 なんて……言えたらいいのに。やっぱり私が選ばれないのは怖い。自分でもバカなことをしていると思った。このままいけば、多少の後ろめたさはあっても幸せな道を歩めたのに。


 そう思ってしまう私はやっぱりずるくて卑怯な女だ。

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