第25話 学年一のブス

 俺と奏ちゃんが付き合っていることは、すぐに学年中へと知れ渡った。


 事故で記憶喪失になり、つい最近まで話題の中心になった俺。その俺が再び、学年中の話題の中心になってしまった。


 別に奏ちゃんと付き合っていることを隠すつもりはなかった。けれど、広める気もなかった。学年一の美少女と付き合うことになったので、男子たちのやっかみを受ける可能性があったからだ。ただ、そういった心配をよそに、俺は学年一の美少女を落した男として皆から英雄視されるようになった。


 奏ちゃんが仲のいい女子に俺と付き合っていることを話したら、一瞬で拡散してしまった。女子の情報網は本当に恐ろしい。


 学年一の美少女に告白されてフって、学年一のブスと付き合ったと思ったら、また学年一の美少女とくっつく。そんな経験したことがある人間なんて滅多にいないだろう。そのせいで俺は珍獣みたいな扱いを受けてしまった。


「よ、イケメン君。学年一の美少女と付き合ってる感想はどうだ?」


 梅原が俺に声をかけてきた。そういえば、梅原も奏ちゃんのこと狙っている男子の一人だったな。抜け駆けしたようなものだし、俺を恨んでいるんじゃないだろうか。


「なあ真人、女の子紹介してくんね?」


「え?」


 梅原から予想外の言葉を聞いた。梅原はてっきり失恋で傷心しているかと思っていたけれど、違ったようだ。


「いやさー。上条の友達も結構可愛い子多い訳じゃん? 上条と付き合っているお前なら、その子たちとも縁を作れるんじゃないかと思ってな。なあ、頼む。この通りだ」


 この様子だと俺を恨んでいる様子はなさそうだ。学年一は狙えなくても二位や三位を狙いにきている。そんな感じだ。そのために俺を利用しようとしている。


 奏ちゃんの友達とはまだあんまり話したことがない。奏ちゃん以外の女子と話をするのは気が引けるが、梅原のためだ仕方ない。


「まあやるだけやってみるさ。期待しないで待っててくれ」


「おー頼むぞ真人!」



 放課後、俺は日直の仕事があり、当番日誌を書いていた。特に部活動をやっていない俺は早いところ帰りたかった。けれど、俺は文才に恵まれていないのだ。日誌を書くのにも時間がかかる。


 奏ちゃんは今日は用事があるので、先に帰ってしまった。一緒に下校したかったけれど仕方ない。鈍間のろまな俺に合わせてしまっては申し訳ない。


 なんとか気合で日誌を書き終えた俺はそれを担任の先生に提出した。そして、その帰り道。廊下を歩いていると、ばったりと二宮さんに出会った。


「あ、東郷君……」


「二宮さん……」


 俺の元カノの二宮さんだ。正直言って気まずい。二宮さんも俺が奏ちゃんと付き合っていることは知っているのかな。


「上条さんと付き合ったんだね……おめでとう」


 二宮さんの声からは全く覇気が感じられなかった。まるで魂を抜かれた抜け殻のように。または、人形のように生気を感じられない。


「ああ、うん。ありがとう」


 「おめでとう」と言われたので「ありがとう」と返した。気の利いた返しの一つもできればいいのだかれど、生憎俺にはそれが思いつかなかった。


 お互いの間に気まずい沈黙が流れる。別に長く会話をする必要もない。お互いただすれ違っただけだ。どちらかが、別れを切り出してその場を立ち去ればいいだけ。けれど、お互いそうしようとしなかった。二宮さんは固まって動かないし、俺も俺で何をするわけでもない。


 俺は一体何がしたいんだろう。別れた元カノと話すことなんて何もないはずなのに。


「体育館の裏……」


 二宮さんが不意に口を開いた。二宮さんが放った謎の言葉に俺は戸惑いを覚えた。体育館の裏? 二宮さんは一体何を言おうとしているんだ?


「そこで上条さんに告白したんだよね」


「あ、ああ。けど、なんでそれを知ってるんだ?」


 俺が奏ちゃんと付き合っていることは周知の事実だが、どの場所で告白したかは全く知られていないはずだ。奏ちゃんがわざわざ言うとは思えないし。


「私……あそこ思い出深い場所だから、よく行くの……東郷君が上条さんに告白したあの日、私もたまたまあの場所に来てたんだ。二人の姿が見えたから遠くから見守っていたけど」


「そ、そうだったの? 全く気付かなかった」


 思い出深い場所か。二宮さんの話では、俺が二宮さんに告白した場所。それが体育館の裏らしい。


「ごめんね東郷君。私、やっぱり前に進めないよ。私なりに精一杯生きて、東郷君のこと忘れたかったのに。いつまでも東郷君と付き合ってた日の思い出にすがって、身動きが取れないの。優しかった東郷君。みんなからブスだと言われて女扱いされてなかった私を一人の女の子として接してくれた東郷君。その思い出が頭の中をこびり付いて取れないの」


 そんなにまで俺は二宮さんに慕われていたのか。記憶を失う前の俺と二宮さんは一体どういう関係だったんだろう。たかが罰ゲーム告白で付き合った仲じゃないのか? それなのに俺は二宮さんに優しくしていたのか?


「でも、東郷君は前に進んでいるんだよね? 私よりもずっとずっと素敵で綺麗で可愛い上条さんと付き合ってるんだよね?」


 二宮さんの質問に対して俺はなにも答えられなかった。なんて答えていいのかわからない。


「私、やっぱり東郷君のこと好きだし、憧れているんだ。記憶喪失になって人生を悲観してもおかしくないのに、それでも前向きに生きているんだもん。もし、私が東郷君の立場だったら……東郷君と過ごした色鮮やかな思い出の日々が消えたと思ったら……そんなの耐えられないよ。この思い出だけは絶対に失いたくない」


 二宮さんの目から一筋の涙がこぼれる。女子を泣かせてしまって俺は少し焦ってしまう。こんなところ誰かに見られたら大変なことだ。彼女持ちの男が他の女子を泣かしているなんて、しかもそれが元カノ。絶対に良くない噂が立つ。


「に、二宮さん。とりあえず泣き止んで」


 俺はハンカチを二宮さんに差し出した。二宮さんはそれを受け取ってはくれなかった。自身の指で涙を拭った。


「東郷君。私にこれ以上優しくしなくてもいいよ。けれど、一つだけ私のワガママを許して欲しい。彼女がいる東郷君には迷惑かもしれないけど、東郷君のことを想い続けてもいいですか? 東郷君は私を好きにならなくてもいい。私が勝手に想っているだけだから」


 肯定も否定もし辛い質問。肯定すれば今の彼女の奏ちゃんに申し訳が立たないし、否定すれば二宮さんを傷つけることになる。俺は二宮さんにこれ以上傷ついて欲しくない。どうすればいいんだ。


 学校のチャイムが鳴る。部活動をしていない生徒を強制下校させるものだ。俺も二宮さんも部活をしていないから、この鐘の音で帰らなければならない。


「ごめん、東郷君。こんなこと言っても迷惑だよね。それじゃあ私帰るから」


「あ、おう。気を付けて帰って」


 俺たちはそれぞれ別々に帰った。帰り道、俺はもやもやとした思いを抱えながら帰路についた。失恋ってフラレる方も辛いけれど、フる方だってそれなりに辛い。そのことを俺は痛感した。

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