第24話 学年一の美少女

 二宮さんと別れた俺。自らが望んで別れたはずなのに、喪失感を覚えていた。ただ、それと同時に解放感もあり、自分でもよくわからない感情だ。


 俺には自分の本当の感情を知るすべがない。人間は矛盾だらけの生き物だと言う人もいるが、この世で最も矛盾した存在が俺だろう。記憶喪失になってから、俺の感情は非常に不安定になっている。


 結局のところ、今の俺が二宮さんと付き合うのは義務感でしかないのだろう。もし、俺に他に好きな相手がいなければズルズルと二宮さんと付き合っていたのかもしれない。


 けれど、俺にはもう好きな人ができてしまった。そして、その人も俺のことを好いてくれている。だからこそ、俺は二宮さんと別れたかったのだ。


 二宮さんと別れた以上、もう後には退くことはできない。俺は上条さんに告白する。でなければ、なんのために二宮さんと別れたのか分からなくなってしまう。学年中の男子を敵に回すことになってしまうかもしれない。けれど、俺はどうしても、上条さんと付き合いたいのだ。


 自分の気持ちの整理がついた俺。今日の放課後、早速上条さんを呼び出して告白しよう。


「上条さん。今日の放課後空いてる?」


「え? うん。大丈夫。空いてる」


「大事な話があるんだ。体育館の裏まで来てくれないかな」


 体育館の裏は滅多に人が来ない場所だ。俺は以前もこの場所で二宮さんに告白したらしい。何度もお世話になっている場所だ。


 上条さんはなにかを察したかのように、俺に微笑みかけた。その笑顔がとても神々しくて、尊いものだった。この笑顔を自分だけのものにしたい。俺はそう願った。


「いいよ。体育館の裏だね」


 上条さんと約束を取り付けた。大丈夫。告白はきっと成功する。前は相手から告白してきてくれたんだ。向こうの気持ちが変わってなければ、多分……大丈夫かなあ?


 俺は不安な気持ちになった。女子の気持ちは変わりやすいとも聞くし、上条さんが俺を好きだったのは昔の話かもしれない。現在進行形な保証はどこにもないのだ。


 緊張してきた。二宮さんに罰ゲーム告白した時もこんな気持ちだったのかな。俺は。いや、でもこれは罰ゲーム告白じゃない。今回は自分の意思での告白だ。気をしっかりと持とう。



 放課後、体育館の裏に行くとやはり人気がないのか誰もいなかった。しばらく待っていると上条さんがやってきた。


 少し強めの風が吹く。上条さんの髪が風に靡いている。その立ち姿は芸術的で俺の心を捉えて離さない。もし、俺が画家だったら間違いなく、この絵になる姿を描いていただろう。尤も俺は絵心はないが。


「真人君。話ってなんなの?」


「上条さん。俺はキミのことが好きだ。良ければ俺と付き合ってください」


 ついに告白の言葉を発した。言葉が存在できるのは本当に一瞬だけだ。その一瞬を過ぎた今、言葉は世界のどこにも存在しないだろう。だけれど、俺と上条さんの記憶には残り続ける。故に、もう取り消しはできない。


「いいの? 本当に私でいいの?」


 上条さんは大きく目を見開いている。その反応を見るに確実な手ごたえを感じた。


「もちろん。上条さんがいいんだ」


 次の瞬間、俺の体が柔らかいなにかに包まれた。上条さんが俺に抱き着いてきたのだ。学年一の美少女に抱き着かれて俺の胸の鼓動が高まる。お互いの距離も相まってか上条さんに心臓の音が聞こえているんじゃないかと思うくらいだ。


「嬉しい……私、ずっとこの時を待っていたの。真人君。私、真人君の彼女になれて幸せだよ」


 至高の言葉が聞こえてくる。上条さんがそれほどまでに俺のことを想っていてくれたなんて嬉しすぎた。記憶を失くす前の俺は、なんでこんな一途にも思い続けてくれるような子をフッたのだろう。その理由は俺にはわからない。けれど、今が幸せならそれでいいか。


「上条さん……これからもよろしく」


「奏……」


「え?」


「奏って呼んで真人君。私、彼氏に名字で呼ばれたくない」


「わかったよ。奏さん。うぅ、なんかむず痒い」


 生まれてこの方女子を名前で呼んだことがない俺。背中の辺りがどうもむず痒く感じてしまう。


「うーん。奏さんもなんか微妙。古風な感じがして今時のカップルっぽくない」


「そう言われても……奏さんみたいな美少女を呼び捨てにするなんて俺にはできない」


 俺の言葉に奏さんの顔が赤くなる。美少女と呼ばれて気分を良くしたのだろうか。


「も、もう。真人君ったら、そんなこと言って。そうだね。奏ちゃんっていうのはどう?」


「か、奏ちゃん!?」


 思わず口にしてしまった。女子をちゃん付けで呼ぶなんて予想だにしなかったことだ。え? 名前にちゃん付けって相当ハードル高くない? 俺、恥ずかしすぎて死にそうなんだけど。


「そう、奏ちゃん。奏ちゃんって呼んでくれなかったらひどいよ」


 奏さんは、どうしても俺に奏ちゃんと呼ばせたいみたいだ。しかし、俺はそんなキャラじゃない。女子に名前でちゃん付けなんて幼稚園児とかチャラい男がやるイメージだ。俺は両方とも違う。


「十秒以内に呼ばなかったら、奏たんって呼ばせる……」


 無理、奏たんは死んじゃう。それを言うくらいなら舌を噛み切って自殺する勢いだ。


「それともかなにゃんの方がいい?」


 最早死刑宣告。そんなバカップルみたいな呼び方を強要されたら、全身の蕁麻疹が火を噴きそうだ。


 奏さんの目は本気のようだ。仕方ない。呼ぶしかない。


「奏ちゃん」


「はーい」


 奏ちゃんは満面の笑顔で返してくれた。ああ、穴があったら入りたい。


「大丈夫だよ。真人君。その内慣れるから」


 という訳で、俺の中での上条 奏の呼び方は奏ちゃんに決定してしまった。辛い。

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