第23話 真相

「真人君?」


 俺が二宮さんと別れてしばらく呆然としていた後、後ろから誰かが声をかけてきた。この美しい声は聞き覚えがある。上条さんだ。


「上条さん? どうしてここに……」


「どうしても何もここ帰り道だし。ねえ、真人君は今一人なの? だったら一緒に帰ろうよ」


 突然の上条さんからのお誘い。本来なら、喜んで受けるところだけど、今は状況が……


「そうだね。一緒に帰ろうか」


 俺は最低なことをしているのかもしれない……上条さんに声をかけられたことを言い訳にして、二宮さんを追いかけるのをやめたのだ。


 どうせ、今から追いかけても間に合わない。上条さんに声をかけられたから、その相手をして時間がなくなった。自分を守るための正当化はいくらでもできた。


 俺は本当に二宮さんが好きだったのだろうか。本当に好きなら記憶を失おうとも、もう一度好きになるものだろう。


 結局、その日は上条さんと一緒に帰った。会話内容は覚えていない。俺は上の空で適当に上条さんが話す言葉に相槌を打っていただけだと思う。


 俺はハッキリ言って二宮さんのことを好きではない。第一に見た目が好みではない。自分は結構な面食いだと思う。だから見た目はかなり重視している。


 人間は見た目じゃなくて、中身だと言う人もいるけれど、それは綺麗ごとに過ぎない。企業の面接でさえ、見た目がいい人を採用するという統計も出ている。結局、人間は美男美女が好きな生き物なのだ。


 だけれど、この後悔の念はなんだろう。好きではないはずの二宮さんと喧嘩別れをしたままになっている。そのことが俺の胸を強く締め付けている。



 翌日のことだった。俺はいつも通り教室へと向かっていった。教室には既に二宮さんが来ていた。昨日のこともあってか気まずくて、話しかける気になれなかった。向こうも俺と目を合わそうともしてくれない。


「よお。真人。おはよう」


「ああ。おはよう」


 クラスメイトの男子と挨拶をかわした。この男子も俺が記憶を失う前はそれなりに仲良くしてたらしい。本当かどうかは知らんけど。


「なあなあ。お前二宮とまだ付き合ってるの?」


「一応別れてはないかな」


「なんだよそれ。まあ、そうだよな。元々罰ゲームで付き合っている仲だもんな」


「罰ゲーム?」


 なにか不穏な単語が聞こえた。


「あれ? 前、梅原が言ってたぞ。お前らが付きあうようになったのは、真人がゲームに負けたから、罰ゲーム告白で付き合うようになったって」


「そ、そうなんだ」


 なるほど。俺と二宮さんが付き合っていたのは、全て罰ゲームが原因だったのか。そうすれば、全ての合点がいく。俺は自分でも引くくらい面食いだ。その俺がどうして、ブスの二宮さんと付き合っていたのかやっと納得がいった。


 別に俺は二宮さんのことが好きではなかったんだ。ただ、罰ゲームで仕方なく付き合っていただけなんだ。


 そう思うと少し心が楽になった。俺は望んで二宮さんと付き合っていたわけではなかったんだ。ただの罰ゲーム。俺は気が狂ってブスに告白したわけではなかったのだ。


 これで後腐れなく、二宮さんと別れられる。そう思うとこの貴重な情報をくれたこいつには感謝しかない。


 そうと決まれば善は急げだ。俺は早速、今日の放課後二宮さんを呼び出して別れ話をしようと思う。


「二宮さん。ちょっといいかな」


「なに?」


 二宮さんはあからさまに不機嫌そうな感じだった。俺とは目も合わせてくれない。どうやら昨日のことをまだ引きずっているようだ。


「今日の放課後、体育館の裏に来てくれないかな?」


「なんで?」


「大事な話があるんだ」


 大事な話。その言葉で二宮さんは全てを悟ってしまったのだろう。俯いて唇を噛んでいる。


「わかった」


 二宮さんはそれ以上何も言わなかった。このままズルズルと関係を続けていても、お互いが不幸になるだけだ。もう既に彼女を好きでない男と、彼氏に愛されていない女。そんな関係はもう終わりにしよう。



 俺は放課後、体育館の裏に行った。まだ二宮さんは到着していない。だけど、この感じはどこかで既視感はあった。なんだろう。思い出せない。俺の失われた記憶に関係があるのかな。


 そんなことを考えていたら、二宮さんがやってきた。とても暗い表情だ。ただでさえ、暗い性格のブスなのに余計に酷く映っている。


「二宮さん話があるんだ……」


「うん」


「俺が記憶を失ったことは知っているよね? 記憶を失う前と失った後では、考え方や性格や趣味嗜好も変わってくると思うんだ」


 俺はできるだけ二宮さんを傷つけないように遠回しに話した。徐々に詰めていくことで精神的な負担を少しでも軽くしてあげようと思ったのだ。いきなり本題から入っては、その落差でかなりのダメージを負ってしまうであろう。


「ハッキリ言うけど、俺はキミが知っている東郷 真人ではないんだ。キミを好きだった東郷 真人は死んだ。そう思ってくれてもいい」


 あくまでも好きじゃなくなった理由を事故のせいにしたかった。俺に原因がないことにしたかった。そうすることで俺は、女子を傷つける罪から逃れようとしているのだ。卑怯な男だと思う。


 けれど、俺だってどうしていいかわからないんだ。過去の俺が、今の俺の好みのタイプを振っている事実を受け入れがたい。罰ゲームとはいえ、ブスと付き合い続けているのも解せない。


 記憶を失う前の自分がやった行動を清算しなければならない。俺にとってみても理不尽なことなんだ。


「一度、二人の関係を最初に戻そう」


「そうだよね……やっぱり、私なんかより美人の上条さんの方がいいよね。うん、私知ってたよ。いつかこういう日が来るってこと。でも、悔しいなあ。東郷君は覚えてないかもしれないけど、私たち……ううん、私にとってこの体育館の裏は特別な場所だったんだよ」


 体育館の裏が特別な場所。それは一体どういうことだろうか。俺がこの場所に既視感を覚えているのと何か関係があるのか?


「ここはね。東郷君が私に告白してくれた大切な場所なの。二人の始まりの場所だったのに、終わりの場所にもなっちゃったね」


 そういうことだったのか……もしかすると、記憶を失くす前の俺は本気で二宮さんのことが好きだったのか? 俺自身もこの場所に強い思い入れがあったから、特別な既視感のようなものを感じたのかもしれない。


 でも、今となってはそれは確かめようがなかった。俺の失われた記憶が戻る保証はどこにもない。人間は常に何かを忘れて生きている生き物だ。俺はただちょっと人よりその量が多かっただけのこと。失われた記憶に執着してないで前に進まなきゃいけないんだ。


「さようなら東郷君。幸せになってね……私も、私なりに精一杯生きていくから。東郷君と過ごした時間は楽しかったよ。今までありがとう」


 二宮さんにとっても、このフラレ方は理不尽なものだろう。俺に恨み言を言ったり罵ったりしてもいいくらいだ。俺はその覚悟でこの瞬間を迎えたつもりだった。


 けれど、二宮さんはそんなことは言わずに俺に対してお礼を言っている。なんて人間ができた子なんだ。


 本当に俺のしていることは正しいのか。わからなくなってきた。この子には幸せになって欲しい。けれど、俺は彼女を不幸にしている。そのいびつな状況に俺は何もすることができなかった。


 二宮さんは目に涙を浮かべながら走り去っていった。彼女の別れ際の言葉が俺の頭の中で繰り返される。


 この日、俺は一睡もできなかった。好みじゃない相手をフッただけなのに、どうしてこんなに胸が締め付けられるんだろう。罪悪感からなのだろうか、それとも同情? その答えは一晩中考えても出てこなかった。

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