第22話 私達付き合ってるんだよね?

 俺が記憶喪失になってから既にかなりの時間が経った。最初こそは周りから奇異な目で見られていたが、みんな俺に飽きてきたのか普通に接してくれるようになった。


 俺としては腫物に触るかのように扱われるよりかは、そうしてくれた方がありがたい。変に相手に気を遣われていると思うと嫌だからな。


 記憶喪失になってしまったのは確かに不便でもあり、不幸でもある。けれど、俺はそれでも前向きに頑張って生きて行こうと思っている。だから、可哀相なものを見るような目には耐えられなかった。


 話題は、事故に遭った俺から、話題のインスタグラマーやYouTuberの話に以降していった。でもそんな中、俺に視線を送る一人の人物がいた。


 彼女の名前は二宮 舞。俺の彼女だ……と言っても、俺がどうしてこの子と付き合うようになったのかは全く覚えていない。周囲の話では、彼女に告白したというのが事の発端だ。


 顔はハッキリ言って好みではない。俺だけではなく、世間の大半の男はそう答えるであろう。俺の学年の女子を一通り見てみたけど、これ以下の女子ははっきり言って見当たらなかった。それくらいの顔をしていた。


「あ、あの東郷君」


 二宮さんに急に話しかけられてきた。恋人同士なんだから会話するのは当然だろう。しかし、この二宮という子は引っ込み思案な性格なのか、中々自分から話しかけてこようとはしなかった。俺もわざわざ好みではない女子と話をしたいとは思わなかった。だからお互いロクに会話もないまま日だけが過ぎて行った。


 その沈黙の日々が急に終わりを告げたのだ。俺はハッキリ言えば二宮さんと別れたいと思っている。現状、二宮さんと付き合っていることになっているせいで、学年一の美少女の上条さんと付き合えないのだ。全く厄介な存在である。


「今日の放課後一緒に帰ろう?」


「なんで?」


「な、なんでって……私たち付き合っているんだよね?」


 俺の返しが予想外だったのか二宮さんはわかりやすくションボリとしている。確かに俺の返しは少し冷たかったかもしれない。けれど、俺にも言い分はあるのだ。


「今まで一緒に帰ってなかったのにどうして急にそんなこと言い出したの?」


「えっと。東郷君が事故に遭うまでは毎日一緒に登下校してたんだよ。東郷君の方から誘ってくれてね。私はそれが嬉しかったんだ」


 なるほど。俺と彼女の仲は特別不仲というわけでもなさそうだ。俺から誘っていたということは、少なからず二宮さんのことを悪くは思ってなかったということか。


「今まで俺に絡んでこなかったのに今更かよ」


「え、だって……東郷君は事故の影響でみんなから心配されていて、中々私が割って入ることできなかったの」


 見るからに引っ込み思案そうな彼女のことだ。周囲の人間に遠慮して、話しかけるタイミングを逃していたのだろう。


「わかった。今日の放課後一緒に帰ろう。俺とキミがどういう関係だったのか。その時に教えてくれ」


 そして放課後になった。特に部活動もしていない俺たちは約束通り、放課後一緒に帰ることにした。


 女子を隣にいる状態での帰宅。一見羨ましいように見えるが、それは顔面偏差値が標準以上ある場合だ。残念ながら俺がつれている彼女はそうではない。


「私ね。東郷君に告白された時とってもびっくりしちゃったの。私みたいな可愛くない女の子に告白してくれる人がいるなんて思わなかったから。それに東郷君とはあんまり話したことがなかったし、まさか体育館の裏に呼び出されて告白されるなんて思いもしなかった」


 淡々と俺が告白してきた時の情景を語る彼女。その表情はどこか嬉しそうだった。きっとその日のことを大切な思い出として記憶しているのだろう。俺が覚えていないその記憶を……誰とも共有することができないものなのに。


「それから東郷君は上条さんにも好かれていて……あんなに可愛い上条さんが私のライバルだなんて勝ち目がないよね。私はずっと不安な気持ちだったけれど、東郷君はそれでも私のことを好きでいてくれた」


「そうなんだ……ごめん。あんまり長く引きずっていてもお互い辛いだけだからハッキリ言うね」


「う、うん?」


 二宮さんはきょとんとした顔をしている。


「俺はなんで二宮さんのことが好きだったのか全く思い出せないんだ。そこまで好きになるには何かしらのきっかけがあると思うんだけれど、それが全くわからない。本当にごめん。俺はキミの知っている東郷 真人じゃないんだ」


 俺は正直に話した。それが自分なりの誠意だと思ったからだ。中途半端な優しさはいつか彼女を余計に傷つけてしまうだろう。好き同士でもないカップルが付き合う。それはいつか、歪んだ結末を迎えてしまうに違いない。だから、これでいい。お互いのためにも自分の気持ちに正直になった方がいいんだ。


「うん。知ってたよ。東郷君の様子ずっとおかしかった。多分もう私のこと好きじゃないんだよね? それでも今日は付き合ってくれてありがとう。やっぱり東郷君は優しいね」


 歪な笑顔を見せる二宮さん。二宮さんはあまり人と接してきてないタイプだから笑いたくない時に、笑顔を作るのが苦手なのだろう。下手な作り笑顔だ。


「あはは……ありがとう東郷君。一時だけでも夢を見れて幸せだったよ。ブスな私に東郷君みたいな素敵な彼氏ができたんだもん。もうそれだけで私は十分。さようなら東郷君……一生モノのいい思い出をありがとう」


 そう言うと二宮さんは走り去っていってしまった。俺はしばらくボケっとしていた。けれど、俺の中で何かが叫んでいるのが聞こえた。「走れ。追いかけろ」と。


 この距離なら男子である俺が走って追いかければ、二宮さんに追いつけるだろう。だけど、本当にそれでいいのか。ここで追いかけるってそういうことだろう。その人を一生愛する覚悟がなきゃ、やっちゃいけないことだろ。


 いろんな考えが俺の頭をかけめぐる。今行動すれば、まだ間に合う。迷っている時間はない。俺がとった行動は――

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