第21話 二人のヒロイン

 真人君とデートをしちゃった。遊園地の時のようなダブルデートではなく、正真正銘の二人きりのデートだ。


 真人君はどういう訳か知らないけれど、事故に遭ってから様子が変わったようだ。前までは私のことなど眼中にないと言った感じだった。けれど、今は違う。明らかに私を意識している。そんな感じがする。


 彼が事故ってくれたお陰で私に風向きが向いてきた。不謹慎ながらそう思ってしまう。真人君の記憶がなくなってしまったのは少し残念に思うけれど、これから新しい思い出を沢山作っていけばいいかな。逆に、記憶が戻らなければ私にとって都合がいいかもしれない。


 真人君が二宮さんと過ごした時間は、彼にとっては掛け替えのないものだったであろう。それを思い出した時に、二宮さんに情が移ってしまったら私はフラれるかもしれない。ううん。元の美的感覚に戻ってしまうことだってありえる。


 彼は本気で二宮さんを可愛いと思っている程変わったセンスの持ち主だ。それが戻らないように、私が真人君の心を繋ぎとめておかないといけない。


 私が街をぶらぶらと歩いていると見覚えのある顔が見えた。真人君の彼女の二宮さんだ。一応知らない仲でもないし、クラスメイトだから声でもかけておこう。


「こんにちは二宮さん」


「あ……上条さん……こんにちは」


 相変わらず自信がないのかおどおどとしている。別に取って食うつもりなどないのに。


「二宮さんは何しているの?」


「えっと……買い物にいくの。お母さんにおつかい頼まれて……」


「へー。そうなんだ。ごめん邪魔しちゃったかな」


「ううん……大丈夫」


 私は二宮さんに一礼をしてその場を立ち去ろうとした。おつかいの途中で邪魔をしては悪いと思ってのことだった。


「あ、待って上条さん」


 意外にも私を引き留めたのは二宮さんの方だった。私は彼女に苦手意識を持たれているはず。それなのに、どういう風の吹きまわしだろうか。


「最近、東郷君が素っ気ないの……なんかよそよそしいと言うか……今までと違うというか……記憶がなくなったから、そうなるのは無理はないと思うんだけれど。それにしては、上条さんと最近仲が良いように思えるし……」


 なるほど。二宮さんは真人君の美的感覚が変わったことに気づいていないんだ。ただ単に記憶を失っただけだと思っている。真人君は優しいから、二宮さんに気を遣っているのだろう。そりゃあ、いくら記憶がないとはいえ、自分の彼女にブスだなんて言えないよね。一方、私は真人君に可愛いと言ってもらえたから、そのことに気づけたわけだけれど。


 さて、どうしたものか。このまま素直に真実を話してもいいのだけれど……『真人君が元はブス専で、事故にあって記憶を失ったショックでブス専ではなくなってしまった』そう説明するのは簡単なことだ。


 しかし、それでは二宮さんをブスだと面と向かって言うようなものだ。私は以前二宮さんに酷いことを言ってしまった。そのことはもう反省しているし、二度とそういうことは言いたくない。


「うーん。真人君は今、記憶をなくして余裕がない状態だからそういう風に見えてしまうのかもしれないね」


 私はその場を取り繕うことにした。真実を知っているけど、話せない。今の私では上手い具合に説明をするのは無理だと思う。


「やっぱりそうだよね……うん。彼女の私がしっかり支えてあげなきゃ。ありがとう上条さん。少し元気が出たよ」


 二宮さんは本当に真人君のことが好きなのだろう。そりゃあ、私が二宮さんの立場でも同じ気持ちになると思う。今まで男子に相手にすらされなかった状況で、自分を好きだと言ってくれる人に出会えたのだから。でも……


「二宮さん。私、真人君のこと譲る気ないから! 今は、二宮さんがリードをしている状態かもしれないけれど、必ず奪ってみせるから!」


 私だって譲る気はない。恋愛は退いた方が負けなのだ。相手に同情して、自分の感情を押し殺すなんて下策だ。私はこのチャンスを逃すつもりはない。


「わ、私だって譲る気ないよ! 東郷君のお陰で、少しだけだけど自分に自信が持てたんだから! 相手が上条さんでも負けたくないよ」


 入学当時はハッキリ言って、二宮さんのことなんて眼中になかった。顔もパッとしないし、性格も暗めの彼女は私と正反対の人物だ。完全に別グループの人間で、決して交わることなどないと思っていた。


 正直言って私は二宮さんのことを見下していたと思う。今思うと本当に嫌な女だ。その見下していた対象に私の好きな人を取られてしまったのだ。真人君が二宮さんと付き合ったことを知った時は本当に心が荒んでいたと思う。


 けれど、今はこうして恋敵としてお互い正々堂々と戦うことにしている。世の中何が起こるか本当にわかったものじゃない。


「ふふふ。二宮さんは真人君のことになると熱くなるんだから。本当に彼のことが好きなんだね」


「そ、そんなこと……あるけど……か、揶揄わないでよ!」


 二宮さんは顔を真っ赤にしている。なるほど。顔はイマイチだけれど、本当に仕草は可愛い。顔が可愛ければ二宮さんはかなりの数の男子を落していたと思う。そう思うとブス専だった真人君が二宮さんに惹かれるのも分かる気がする。


 そういう細かい所では、私は二宮さんに負けているなと痛感した。私は今まで自分の生まれ持った美貌だけで生きてきて、女子として何も磨いてこなかったのだ。


 これでは、いくら真人君がブス専じゃなくなったとしても私が勝てるかどうかわからないな。


 もっと可愛くなりたい。顔やスタイルだけじゃない。もっと女子として人間としての魅力を身に着けたい。そして真人君から愛される存在になりたい。彼の隣にいたい。


「あ、ごめん。上条さん。そろそろ私いかなくちゃ」


「うん。じゃあ、おつかい頑張ってね」


「ありがとう」


 二宮さんと別れた私はそのまま真っすぐ家に帰った。私は今日から自分の言動を振り返ってみようと思う。そして、二宮さんみたいに可愛い仕草を身に着けるんだ。

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