第19話 こいつが俺の彼女だなんて信じられるか

 怪我が治った俺はそのまま退院した。幸い骨も折れてないし、内臓も損傷はしてない。記憶がなくなったのを除けば後遺症も何もないのが良かった。


 入院生活中、結局俺の彼女の二宮という子は来なかった。俺を轢いた加害者の遺族ですら見舞いに来てくれたというのに。俺は被害者という立場だが、加害者遺族を責める気にはなれなかった。近しい人が死んで悲しんでいるのに、追い打ちをかけるような真似はしたくなかった。


 そういえば二宮という子もお祖父さんを亡くしたばかりで大変だという。それで、見舞いにも来れなかったのか。


 まあそんなことはどうでもいいか。明日学校に行ってみよう。果たして俺は記憶を無くした状態で平穏な学校生活を送れるのであろうか。



 俺は教室の扉をがらりと開けた。周囲の視線が俺に集まる。皆、俺が事故で記憶を失っていることを知っているのであろう。何か教室がざわついているし、腫物を触るかのような扱いを受けている。


「よお。真人おはよう」


「ああ、おはよう」


 俺の寂しさや切ないと言った感情を感じ取ってくれたのか梅原が陽気に挨拶をしてくれた。皆もそれに便乗して俺に声をかけてきてくれた。


「東郷君おはよう。大丈夫だった?」


「ん? ああ、まあ。体はなんともないよ。問題あるのは記憶だけ」


「そっか……じゃあ、クラスメイト皆のこと忘れちゃったの?」


「ああ、悪いけど、キミ達のことは何も覚えていない」


 俺は正直に話した。ここで嘘を言ってもお互いのためにならない。覚えていないものは覚えていないのだ。


「あ、あの……東郷君」


 俺に声をかけてきた一際ブスな女の子がいた。彼女は二宮 舞……俺の彼女なのだろうか。


「ごめんね。お見舞いにいけなくて……お祖父ちゃんの件で結構ごたごたがあって、行けなかったんだ」


「ああ。気にしなくていいよ」


 見れば見るほどブサイクだ。俺は一体この子の何に惹かれて付き合ったのだろう。我ながら謎すぎる。


「そ、その……東郷君が良かったらなんだけど、今日一緒に帰らない? ひ、久しぶりにデートしたくて」


 デート? 冗談じゃない。こんなブスと一緒に歩くなんてどんな羞恥プレイだよ。恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。俺はこんなレベルで妥協する男じゃないぞ。


「ごめん。今日用事あるんだ。また今度にしてくれないかな?」


「そっか……そうだよね。退院したばっかりでまだ東郷君大変だもんね。ごめんね」


 二宮さんはわかりやすくシュンとしている。そんなに俺に断られたのがショックだったのだろうか。これでも一応、この子の彼氏なんだ。罪悪感というものを覚えないわけでもない。けれど、俺にも好みというものがある。俺は面食いだ。ルックスが良い子が何よりも好きなんだ。


 教室の扉がガラっと開く。またもや教室中の空気が一変する。まるで王族か貴族か高貴な人間がその場に現れたような厳かな雰囲気に一瞬にしてなった。


「おはよう。真人君、学校に来れるようになって良かったね」


 俺に話しかけて来てくれたのは、正にこのクラスの……否、学年の女王と呼ぶのに相応しいほどのルックスの持ち主である上条さんだ。


 こんな美人が俺の心配をしてくれるなんて朝から本当についている。ああ。こんな子が俺の彼女だったら良かったのにな。なんで記憶を失くす前の俺はこの子をフッてしまったのだろうか。全く持って理解不能だ。


「私、本当に真人君のこと心配したんだからね。真人君にもしものことがあったら……私……」


 く……可愛すぎる。この泣きそうでそれを堪えている表情を見ると何かぐっとくるものがある。この子を幸せにしたい。そう思えるようなそんな表情だ。


 そして、学校のチャイムが鳴る。恐らく、始業を始めるチャイムであろう。記憶はなくなったが、知識はなくなったわけではないのでそう判断出来た。


 そして、担任の先生らしき人物が教室へと入ってくる。


「よお。みんなおはよう。今日から東郷が学校に復帰した。皆も知っていると思うが、東郷は記憶を失くしている。そこのところを理解してやってくれ。それじゃあ出席を取るぞ。いない人は手を上げて」


「ぷっ……」


 俺は思わず吹き出してしまった。何だこの面白いギャグは。初めて聞いたぞ。


「そうか……東郷。先生のこの使い古したギャグも東郷には新鮮に感じてしまうんだな……」


 何故かギャグを言った当人である先生がしみじみとした思いを馳せている。使い古したギャグということは毎回このネタをやっているということなのだろうか。そんなことすら分からない。



 一時間目の授業が始まる。な、何だこの難しい授業は。くそう。知識は大丈夫だと思っていたのに、こんな所にも記憶喪失の影響が……まさか俺が記憶を失う前からバカだったわけじゃあるまい。きっとこの問題がわからないのは記憶がないせいだ。そうに違いない。


 問題に苦戦しながらも俺は無事に一時間目の授業を終えた。休み時間俺はいつもどうやって過ごしていたんだっけ……それが思い出せない。


 どことなく視線を感じる。その視線の方を見ると二宮さんがこちらを見ていた。何だ。どうして俺の方に熱い視線を送るんだ。


「おう。真人。二宮さんの所に行かなくていいのか?」


 梅原が俺にそう声をかけてくる。


「え?」


「お前休み時間になるといつも二宮さんの所に行ってたじゃねえか……」


 そうは言われても、俺は実質二宮さんとは初対面の状態だ。ハッキリ言ってきまずい。二人きりで話すことなどあるのだろうか。向こうは俺の記憶はあるのに、俺は向こうの記憶がない。そんなぎこちない状態で話せるとは思えなかった。


「えっと……遠慮しておくよ」


「そうか。まあお前がそうしたいなら別にいいけどな」


 俺は休み時間中、こちらをチラチラ見ている二宮さんを不気味に感じながらも梅原と一緒に過ごした。


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