第17話 通夜

 俺は二宮さんのお祖父さんの通夜に来ていた。ハッキリ言って、お祖父さんとは全く面識がない。どういう顔をしているのかすら知らない。けれど、二宮さんと連絡を取った時に、来て欲しいと言われたので来たのだ。


 正直、俺は通夜に参加することなど実質初めてみたいなものだ。幼稚園の頃、婆さんが亡くなったので参加したくらい。その時の記憶も殆どないからマナーとか全然知らないから困った。


 一応親に相談して、やっていいことや、やらなくてはいけないことを教わったけれどそれでも不安だ。香典は親が用意してくれた。俺は学校の制服を着て、そのまま二宮さんの家に向かった。


 二宮さんの家は一般的な家だった。二階建ての一軒家で外観もそこそこ古い。築20年近くは建っているであろう感じだ。


「東郷君……来てくれたんだ」


 二宮さんの顔は憔悴しきっていた。無理もない。近しい人を亡くしているんだ。


「うん。二宮さんのために来たよ。お祖父さんのことは残念だったね。お悔やみ申し上げます」


 奥から恰幅のいい喪服姿の男性がやってきた。どことなく二宮さんに顔が似ている気がする。彼が二宮さんのお父さんなのだろうか。


「キミが東郷君かね? 私は舞の父親だ。いつも娘がお世話になっているね」


「いえいえ。こちらこそ、娘さんにはお世話になっております」


 彼女の父親と初めての対面。こんなに緊張するものだったのか。どうしよう。娘はやらんとか言われたら……


「以前の舞は暗くて家庭内でもあんまり楽しそうにする子じゃなかった。けれど最近の舞は少しずつ明るくなってきている。キミのお陰であろう」


 二宮さんのお父さんが俺の肩にポンと手を置いた。


「これからも娘をよろしく頼む。それと今日は私の父のために来てくれてありがとう」


「いえ。そんな……」


 もっと敵視されるのかと思ったけれど、思ったより好感触で良かった。世のお父さんは娘の彼氏を目の仇にしている風潮があるからな。特に二宮さんのような美人なら、余計に心配になるであろう。それなのに、俺を認めてくれているこのお父さんはきっといい人だ。


「東郷君……お祖父ちゃんに東郷君を紹介したいんだ」


「ああ。わかったよ」


 二宮さんが棺桶の窓を開ける。中には穏やかな表情で亡くなっている二宮さんのお祖父さんがいた。


「お祖父ちゃん……私の彼氏の東郷 真人君だよ。私にも彼氏が出来たんだよ……」


 二宮さんはボロボロと泣きながら、亡くなっているお祖父さんに話しかけている。俺はそれに対して何も言えなかった。何て声をかけたらいいのか……気の利いた言葉なんて何も思い浮かばない。


 お祖父さんの棺桶に向かってすすり泣く二宮さん。その二宮さんに一人の中年の女性が歩み寄ってくる。二宮さんに似ていてとても美人だ。


「舞……思いきり泣きなさい。それがお祖父ちゃんへの手向けになるんだから」


「お母さん……!」


 どうやらこの人は二宮さんのお母さんのようだ。流石親子。そっくりである。二宮さんも将来こんな美人になるのだろうか。


「初めまして。東郷君でしたよね? 私は舞の母親です。娘は家では貴方のことばかり話していますよ」


「え? そ、そうなんですか? なんか照れるな」


 俺は二宮さんにそこまで想われていると知って嬉しくなった。そんな風に想われていたらますます二宮さんを大切にしなくちゃと思う。


「不束な娘ですがどうかよろしくお願い致します」


「いえ。そんなこちらこそ」


 二宮さんのご両親への挨拶も済んだし、俺はそろそろおいとましようかな。


「それじゃあ二宮さん。俺はそろそろ帰るよ」


「あ、あの……東郷君。今日は来てくれてありがとうね。私、東郷君に会えたお陰で少し気持ちが楽になった」


「そうか……こんな俺だけど二宮さんの心の支えになれたのなら嬉しいよ」


 恋人とは楽しさを共有するだけではない。悲しい時や辛い時にも寄り添って励まし合う。そんな存在でなければならないのだ。俺は今日と言う日を迎えて、改めてそう思った。


「東郷君はいつだって私の心の支えになっているよ。私、東郷君と付き合えてから毎日が楽しかったの……東郷君は灰色だった私の人生に彩りを与えてくれた」


「俺だって、二宮さんと一緒にいる時はとても楽しいし、いい青春を過ごせてるさ。本当に俺と付き合ってくれてありがとう。俺、二宮さんと付き合えて良かったよ」


「そ、そんな……お礼を言わなくちゃいけないのは私の方だよ……私東郷君がいなかったら、誰にも愛されないで一生を過ごしてたかもしれないんだよ」


 そんな大げさな。二宮さん程の美人が誰からも愛されないなんてことあるわけないじゃないか。むしろ、俺としては二宮さんに色目を使う男が現れないかと不安で不安でしょうがない。


「じゃあそろそろ行くね。あんまり長居すると遅くなっちゃうし」


「うん。またね東郷君」


 挨拶を済ませて玄関へと向かう。そして、そのまま俺は家を出て帰り道を歩いていく。


 外はもうすっかり暗くなっていた。夜道は危険だから気を付けて帰らないと。


 歩道と車道の区別がないような狭い道路を俺は歩いていた。前から二つの眩しい光が見えた。車が来たのであろう。俺は轢かれないように端に避けようと思った。


 しかし、車のスピードは減速しなくて俺はそのまま車に激突してしまった。


 俺の体が宙に舞う。何だこの痛みは……俺は今まで受けたことがないほどの痛みをこの身に受けて地面へと叩きつけられた。


 激痛が体中を走る中、意識が薄れる……俺は……ここで死ぬのか……



 俺は目が覚めた。俺の視界には見たことがない天井と俺に繋がれていると思われるチューブ……この光景は一体何だ? 俺の身に何が起きた……? 何で俺はこんなところで寝かされている?


「真人! お父さん! 真人が目を覚ましたよ!」


 中年の女性の声が聞こえる。横目でやると見知らぬ女性が俺を見て目に涙を浮かべている。見知らぬ中年の男性もそれに反応して、俺の傍に駆け寄って来た。


「真人! 良かった……意識を取り戻したんだな……?」


 この人達は何で俺のことを気にかけてくれているんだろう……いや、待てよ? そもそも真人って誰だ? あれ? 俺の名前って何だっけ?


 俺は精一杯の力を振り絞って一言だけ声を発した。


「誰……?」


 その言葉に中年の男女は絶望に満ちた顔をした。

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