第15話 険悪ムードの観覧車
俺と二宮さん、梅原と上条がそれぞれ観覧車に乗ることになった。係の人に案内されて、俺達は観覧車に乗り込む。密室で2人きりの空間。この観覧車で少しでも二宮さんとの仲が進展するといいな。
そして、梅原も頑張れ。お前が上条と付き合ってくれれば、もう障害はなくなるんだ。男を見せろよ梅原。
観覧車の扉が閉まってカギがかけられる。観覧車はゆっくりと上昇していく。
「やっと二人きりになれたね二宮さん」
ジェットコースターの時は4人だったし、お化け屋敷の時は上条と2人だったし、今日は二宮さんと二人きりになれる瞬間はなかった。
「うん。そうだね……」
二宮さんは少し浮かない顔をしている。もしかして、俺と2人きりなのが嫌なのであろうか。もしそうなら俺はショックすぎて、この観覧車から飛び降りる勢いだ。
「どうしたの二宮さん。浮かない顔をして」
俺は思いきって聞いてみた。しかし、俺の問いに対しても二宮さんは上の空で「何でもないよ」と返すだけだった。
俺は何だか物悲しくなった。二宮さんが何かしらの悩みを抱えているのは明らかだ。でも、だったらどうしてそれを俺と共有してくれないのか。俺達は恋人関係なのに、そういう隠し事をされると少し嫌だな。
でも、二宮さんだって言いにくいことの1つや2つはあるかもしれない。あんまりしつこく訊いても相手に嫌がられるだけだ。だから、俺はこの件に触れないことにした。いつか二宮さんがこのことを話してくれると信じて。
「ねえ、東郷君……東郷君はどうしてホラーが平気なの?」
今度は二宮さんから質問が来た。ホラーが平気な理由か。考えたこともなかったな。俺は小さい頃からホラーが好きだった。小さい頃、母親と2人で遊園地に行った時もお化け屋敷に入りたくて、母親にせがんだこともあったな。俺の母親はホラーが苦手で渋られたけど。
「んー。やっぱり非現実な日常を味わいたいって思うから、俺はホラーが好きなのかな? 別にホラー作品に触れた所で実際に俺が死ぬわけじゃないし」
「そ、そうなんだけど……夢に出てきたら怖くない? 私、幼稚園の頃に肝試しをして夜中トイレに行けなくなったことがあったんだ。お母さんを起こしてトイレに付いていってもらったけれど、本当にホラーはトラウマで……」
「まあ苦手なら無理矢理克服しなくてもいいんじゃないかな?」
「ダ、ダメだよ! だって東郷君がホラー好きなのに、私が苦手じゃ一緒に楽しめないじゃない」
二宮さんは立ち上がり前のめりになって主張した。あまり自己主張をすることが少ない彼女にしては珍しいことだ。
「どうしたの二宮さん。別に世の中にはホラー以外にも楽しいことはいっぱいあるよ。例えばこの観覧車だって二宮さんと一緒に乗っていれば楽しいし」
俺は本心からの言葉を言った。そりゃあ、もし二宮さんがホラーが得意で一緒に楽しめたらそれはそれで楽しいだろう。しかし、俺だって苦手なものを無理矢理克服させるほど鬼ではない。
「ごめんね東郷君……折角の2人きりの時間なのに、変なこと訊いちゃって……そうだよね? ホラー以外でなら一緒に楽しめるもんね」
俺はこの会話のお陰で、二宮さんが浮かない顔をしていた理由に気づいてしまった。
「もしかして、上条と一緒にお化け屋敷に行ったことを気にしているのか?」
「そ、そんなことは……」
否定をしようとしている二宮さん。けれど、これは完全に図星の反応だ。そうか、二宮さんはホラーが苦手なせいで、俺と一緒の時間を共有出来なかったことを気にしているのか。逆にホラーが平気な上条は俺と一緒に楽しむことが出来ていた。
「ごめん。二宮さんの気持ちも考えずに上条と2人でお化け屋敷に行って」
「ううん。別にいいの……東郷君だって好きなホラーを楽しみたいでしょ? 悪いのは私。私がホラーが苦手だから、東郷君と一緒になれなかっただけなの」
二宮さんは俯いてしまった。俺の軽率な行動で彼女に不安な思いをさせてしまった。これは反省しなくてはならない。
「私、上条さんとお化け屋敷に行かせたこと後悔している……たかが1回のお化け屋敷でそこまで仲が進展するわけないだろうと思っていた。けれど、違ってた。東郷君の上条さんを見る目がいつもより優しかった」
「そんなことない。俺は上条のことなんとも思ってない」
「そんなことあるよ! いつも東郷君のこと見ているからわかるよ……前までは本当に上条さんを嫌っているんだって見ただけでわかったけど。お化け屋敷を出てからは本当に好意的な目をしているもの」
「それは二宮さんの気のせいだ! 俺が上条に恋愛感情を抱くなんてありえない。だって、俺は上条は全然タイプじゃないから!」
折角の楽しいはずの観覧車デートが言い合いみたいな感じになってしまった。まずい。二宮さんとの仲を進展させるつもりが、これでは険悪になってしまう。
俺はふと観覧車の窓を除いた。丁度観覧車が真上に来ているようだ。しかし、外の景色を楽しむ余裕なんてない。今は二宮さんと言い合っている状況をなんとかしないと。
「私は心配なの……東郷君が上条さんに取られちゃうんじゃないかって。だって、上条さん性格はアレだけど、美人だし……」
二宮さんの目から大粒の涙が頬を伝い、床に垂れる。俺は彼女を泣かしてしまった罪悪感を覚えてしまう。上条が美人という謎のワードが気にかかったが今はそれを気にしている余裕はなさそうだ。
「二宮さん。俺を信じて。俺は浮気なんて絶対にしない。二宮さんと別れたりもしない! 誓うよ!」
「本当……? 本当に信じていいの?」
「ああ。約束する」
「うん。わかった。信じる……裏切ったら嫌だよ……?」
二宮さんは落ち着いたのか泣き止んだようだ。
「よし。それじゃあ観覧車の外を見ようか。もう半分すぎちゃったけど、今からでも楽しもう」
「うん。そうだね」
俺達は残り半分の時間を共有した。観覧車で上空から見る遊園地の光景はそれはそれで楽しいものがあった。月並みな表現かもしれないけど下にいる人達がまるで豆粒のように小さく見える。
俺は時間が許す限り、二宮さんと2人きりの時間を楽しんだ。
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