第14話 進展と慢心

 私は手応えを感じていた。真人君と一緒にお化け屋敷に入ったことで、彼との距離が親密になったはず。その手応えはあった。


 その兆候は真人君の表情を見ていればわかることだった。いつも見ている彼の表情。私を見る時には、まるで虫でも見るかのような苦い表情をしていた。二宮さんに見せるような笑顔を決して私に見せてくれないのだ。


 しかし、お化け屋敷という暗闇での恐怖体験を共有したことで、二人の間の溝は埋まった気がする。真人君の表情が柔らかくなった。その確かな感覚を私は感じている。


 マイナスからのスタートがゼロになっただけかもしれない。けれど、この一歩は私にとって大きな前進だ。最初は嫌っていた相手を好きになるというのは恋愛ではよくある話。最早使い古された定番とも言えるだろう。


 真人君は私の悪い所を全部知っている。知っていた状態で私に親密感を寄せるようになったのだ。これはかなり大きいことだ。何故なら、悪い所を知っているのに付き合いをしてくれるということは、そこを受け入れてくれたのと同じこと。


 変に幻想を持たれていない分、私は真人君に気兼ねなく接触することが出来る。嫌われたらどうしようとか考えずに積極的に動けるのだ。


 それに対して二宮さんは現状では好感度はプラスの状態であろう。認めたくないけど、私より遥か高みにいると言ってもいい。


 だからこそ、そこに付け入る隙がある。二宮さんは現状、真人君に自身の汚い部分、醜い部分を見せていないのだ。人間誰しも欠点というか悪い箇所は一つはあるもの。そこがうっかり露呈した時、真人君は二宮さんに対して何と思うだろうか。


 真人君は二宮さんにある種幻想のようなものを抱いている。だからこそ、その悪い面が明らかになった時に、好感度が一気に地に落ちる可能性がある。高い所にいればいるほど、それは加速度的に大きな衝撃になる。


 どんなに愛し合っているカップルでも別れる時は別れるのだ。私はただその時を待てばいい。真人君が二宮さんと別れた先にあるのは、私の悪い所を受け入れてくれた真人君なのだ。


「それじゃあ、そろそろ二人の所に戻ろうか?」


 ここではあえて距離は詰めない。お化け屋敷の時は怖かったから、くっついたと言う言い訳がつかえた。けれど今は普通に明るくて楽しい場所。恋人同士でない男女がくっついていい場面ではない。


「ああ。そうだな。戻ろうか」


 真人君は足早に二宮さん達がいる場所へと向かっていった。私と肩を並べて歩くのを照れ臭く思っているのだろうか。それとも、二宮さんに早く会いたいと思っているのだろうか。後者だったら嫌だな。


「待ってよ、真人君。そんなに早く歩かないで」


 私は歩幅が狭い女子アピールをして、ゆっくりと歩いていく。真人君は優しいから立ち止まって私が追い付くのを待ってくれた。少しでも時間を稼がなきゃ。真人君と二人きりのこの時間を一秒でも長く感じていたい。



「あ、東郷君!」


 二宮さんが真人君の顔を見るとぱっと明るくなった。しかし、その直後、一瞬表情が曇った。私と真人君の仲が進展したのを感じ取ったのであろうか。やはり、女の勘というのは侮れない。同性ながらそう思う。


「よお、真人。お陰様で完全回復したぜ。次は何に乗ろうか」


 梅原君か。彼のことは別に好きでも嫌いでもないけれど、真人君と一緒にお化け屋敷に行く切っ掛けを作ってくれたことには感謝しかない。真人君がホラー好きで、二宮さんがホラーが苦手なのも天が私に与えてくれたチャンスだと思う。


「ところで真人よ。お前お化け屋敷のどさくさに紛れて上条に変なことしてねえだろうな!」


「するわけねえだろ」


 紳士の真人君がそんなことするわけないじゃない。全く。この梅原と言う男は、親友の癖に真人君のことを何もわかってないのね。


「ま、真人がそんなことするわけねえか」


 なんだ冗談だったのか。本気で真人君をけだもの扱いするんだったら、梅原君のこと嫌いになりそうだったけど。まあ少しだけ見直してあげる。


「ねえ、東郷君……私、東郷君と二人きりで観覧車に乗りたい」


 二宮さんが上目遣いでそう懇願してきた。なるほど。私に真人君を取られるかもしれないと思って焦ってるんだ。この焦りようだと、二宮さんは真人君がブス専であることに気づいてないようね。


 容姿に恵まれている私は、真人君を落とすということに関しては相当不利な状況だ。私だってこのお化け屋敷1回で、目的を達成出来るとは思っていない。


 二宮さん有利なのは依然変わりないのだけれど、二宮さん本人は自分の容姿がプラスになっていることに気づいてないみたい。マイナススタートだと思い込んでいる焦りようだもの。


「上条さんもいいよね……?」


 なんの確認だろう。付き合っているのだから、堂々と私に勝利宣言をしてもいいと思うのに。やはり根の部分で気が弱く私の顔色を伺っている。私が二人の邪魔をすると思っているのであろうか。


「ん? 別にいいんじゃない。二人で楽しんできなよ。私は梅原君と一緒に乗るから」


「え? マ、マジで? いいのか? 上条?」


 梅原君はわかりやすく鼻の下を伸ばしている。まあ、学年一の美人と言われている私と一緒に観覧車に乗れるのだから当然か。自分でそう思うのは嫌な女かな? でも事実だし、仕方ない。


「え? いいのか上条? 俺と二宮さんが一緒に乗っても?」


「ええ。二人の邪魔はしたくないもの」


 真人君も私が邪魔をしないのが意外と言った風なリアクションだ。ふふふ。いいよ。今回は譲ってあげる。私はお化け屋敷で十分アドバンテージを稼いだもの。これ以上望んだらバチが当たるというもの。


 それに真人君と観覧車を乗る権利を無理矢理奪った所で、真人君の好感度が下がるだけだもの。そんな無意味なことはしない。ここはあえて引く。引くのも作戦の内だ。


 恐らく、この観覧車デートで真人君と二宮さんの仲は更に発展するであろう。だけれど、それは必要経費。焦ることはない。私達は所詮学生。どれだけ二人の仲が親密になろうと結婚される心配はない。結婚さえしなければ、いつか別れる可能性はあるのだから。


 我ながら慢心していると思う。だけれど、それは勝利を確信しているからこその慢心だ。このまま、二人の邪魔をしなければ真人君の好感度は下がることはない。


 今はスタートラインにやっと立てたこの状況を喜ぶべき。ここで欲張っては失敗する。ここでの失敗は致命的だ。今はただ、真人君の好感度を上げる機会が来るのを待つ。それだけだ。無理矢理上げに行ってはいけないのだ。

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