第13話 お化け屋敷

 ジェットコースターに乗って放心状態になった梅原をベンチの上に座らせた。梅原はまだヒーヒー言っているようだ。


「お、俺はもうダメだ。すまねえ。お前たちだけで楽しんできてくれ」


「そんな梅原君を置いていけないよ……」


 流石二宮さん梅原相手にも優しい。まるで女神のように慈愛に満ちたその心。惚れ直した。


「二宮。あんたは梅原君の面倒でもみていれば。私は真人君と一緒にお化け屋敷に行くんだから」


「え? お、お化け屋敷って。二人で? 暗い密室でくっついたりするやつ……?」


 二宮さんは何やら不安そうな顔を浮かべている。


「大丈夫だよ。二宮さん。だって上条だぞ。何かあるわけないだろ」


「うう……上条さんだから心配なんだよ」


「じゃあ、あんたお化け屋敷に入れるの? 入れるんだったら、私が梅原の看病変わってあげてもいいけど?」


 二宮さんがホラー苦手なのを知っているのに、上条は勝ち誇ったような顔で見ている。上条そういう所やぞ。俺がお前の性格悪いと思っている所は。


「わ、私だって……」


「声震えてるけど大丈夫? 無理しなくてもいいんだよ」


 上条が二宮さんの肩にポンと手を置いた。言っている内容は心配している風でも、声色が完全に厭味ったらしい感じになっている。


「大丈夫だよ二宮さん。怖がりなのに無理しなくてもいいんだよ」


「だって……お化け屋敷に男女が入ると親密な関係になるって言うし……」


 吊り橋効果のことか。確かに恐怖心は男女を惹きつけると言う。でも、俺は面食いだぞ。上条みたいなブスに欲情するわけないじゃないか。


「大丈夫だよ二宮さん。俺を信じてないの? 俺は上条になびくとでも思うの?」


「し、信じてるよ……でもそれでも不安なんだよ」


 女心はよくわからないな。不安なら信じてないってことだと思うけれど……


「さ、行こう真人君。自分の彼氏も信じられないでウジウジしている子は置いといて」


 上条が俺の腕に絡みついてきた。う、胸が当たっている。くそう。こいつ胸はでかいんだよな。ブス巨乳とか本当に卑怯な存在だ。顔は全然好みじゃないのに、やっぱり大きいと意識してしまう。これが男のさがというやつか。


 正直、この胸が当たってる感触は悪い気がしない。でも、二宮さんが見ている前でこの状況をそのまま受け入れるわけにはいかない。引きはがさないと。


「は、離れろよ上条」


「えー? なんで」


「俺には彼女がいて……」


「とかなんとか言って、本当は胸が当たって意識してるんでしょー」


 図星だった。まずい。後ろを振り返ると二宮さんの眉が下がって、しょんぼりとした顔が伺えた。そして二宮さんは自分の胸に手を当てて、ため息をついている。


「べ、別に意識してねえよ! 俺は巨乳好きなんかじゃねえ! 貧乳でもいける!」


 少し離れた位置にいる二宮さんにも聞こえるくらいの声で俺はそう言った。二宮さんに声が届いたのか、悲しそうな表情は少し和らいだようだ。ただ、叫んだせいで俺は周りから白い目で見られた。


 早くこの場から消え去りたい。そう思い、俺は足早にお化け屋敷を目指した。



 この遊園地のお化け屋敷は非常に怖いと有名で、全国からお化け屋敷マニアが集まってくるのだ。だから、結構待たされた。やっぱりお化け屋敷の醍醐味は、この待ち時間だよな。日常が非日常に変わる狭間の空間がたまらなく愛おしい。


 ホラーゲームでも、冒頭のまだゾンビや幽霊が出てない時間。主人公たちが平穏な時間を過ごして、敵と初遭遇するまでの間が好きだ。いつ、非日常に切り替わるんだろうと言ったワクワク感がたまらない。この待ち時間はそれと同じだ。


「結構待つねー。私、こういう待ち時間嫌いなんだよね」


 上条はわかってないな。この待ち時間がいいんじゃないか。やはり、こいつとは気が合いそうにない。そう思っていたら、俺達の番がやってきた。


 真っ暗な建物の中に入っていく。外はまだ明るいと言うのに、この建物の中は光が全く差し込まない。唯一あるのは、申し訳程度の電灯だけ。この微かな明かりを頼りに進んでいくしかない。


「中々雰囲気が出ていい感じだねー」


「そうだな」


 そこは上条と意見が一致した。やはりホラー好きとしてはこういう雰囲気というものを大事にしたい。恋愛もホラーも紙一重だ。ムードや雰囲気が命で、胸の高鳴りを楽しむのも似ている。


「ねえ、真人君。怖いから手を繋いでもいい?」


 彼女いるのに他の女子と手を繋ぐのは、本来ならしてはいけないことだとは思う。けれど、このお化け屋敷では別だ。怖がっている女子を助けないのは男としてどうかと思う。だから、俺の手で安心出来るならいくらでも貸すつもりだ。


「わあ!」


 盛大なSEと共にゾンビが下からぬっとあらわれた。それに対して、上条は悲鳴をあげて俺に抱き着いてきた。う、ま、まずい。また胸が当たってる。


「か、上条。さ、流石に抱き着くのはまずいって」


「ご、ごめん……でも、真人君の胸板って厚いんだね」


 どさくさに紛れて俺の胸板に触ったんかこいつは……全く呆れた女だな。


 その後もお化け屋敷は怖い演出が続いた。立体映像で髪の長い女がこっちに向かってきたり、生暖かい風が急に吹いてその後、背後から何者かに肩を掴まれたりもした。


 流石怖いと有名なお化け屋敷だ。資格だけではなく、触覚や聴覚にも訴えかけるような怖さがある。


 そして、終点に辿り着いた俺達。部屋も明るくなったし、もうこれで終わりだ。そう思っていた。けれど、最後に部屋に設置されていたロッカーから急に人が飛び出して来た。


 終わりと見せかけてまだ終わりじゃないという、最早ベタ的な展開。けれど上条には効果があったのか悲鳴をあげて真っ先に出口へと突っ走っていった。


 俺はそれを後からゆっくり追いかけた。


「はぁはぁ……さ、最後のあれ何? こ、怖かったぁ……」


「ははは。ビビりすぎだろ上条」


「だ、だってぇ……私怖いのは大丈夫だと思っていたけど、想像以上に怖かったんだもん」


 お化け屋敷は男女の仲を縮めるという説は本当なのかもしれない。だって、入る前と今では上条に対する感情が違う。今は上条に対して少し親近感を覚えている。恋愛感情ではないと思う。なんだろう。この感覚は……上条のことを好きになったわけではないが、少なくとも嫌いではなくなった。


 今まで、邪魔だと思っていた上条の存在がそんなに悪いものではなく思える。こいつはやりすぎな面もあるけど、一途な性格の女なんだなと好意的に解釈するようになってしまった。


 いかんいかん。俺は二宮さんの彼氏なんだ。他の女子にいい感情を持ってはいけないな。このことは忘れよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る