第9話 もしかして浮気?

 私の名前は二宮 舞。ちょっと……ううん、かなり自分の容姿に自信がない。目は細く一重だし、鼻も平らで、唇もぼでっとしていて締まりが全くない。生まれてきてからずっとこの顔と付き合って生きてきた。


 仲良しの友達からは、「舞ちゃん可愛いんだから自信持ちなよー」と無責任なことを言われる。どこが可愛いのか詳しく問いただすと、性格とか雰囲気とか言われる。決して顔が可愛いとは言われなかった。私が願うことはただ一つ。可愛い顔に生まれたかった。


 だけど、こんな私に告白してきてくれた男子がいた。それは同じクラスの東郷 真人君。彼のことはあまり知らないけど、ユーモアがあって面白い人だとは思う。友達と楽しそうにゲームしているのを見てると明るくて良い人なんだなと密かに憧れを抱いていた。


 告白してきた時は本当にびっくりした。だって、私と彼は殆ど接点がない状態だったから。正直、告白される前は彼に対して恋愛感情というものを持っていなかった。けれど、こんな私を好きになってくれる東郷君のことを私は好きになってしまったのだ。


 我ながらちょろい女だとは思う。けれど今まで両親以外誰にも愛されてなかった私を好きになってくれた人。それがとても嬉しかった。


 東郷君はとても優しくて、私のことを可愛いと言ってくれる。恐らくお世辞だろうけど、彼に可愛いと言われると幸せな気持ちになれる。頭がふわふわとして心がドキドキして何も考えられなくなる。これが恋をしているという感覚なのだと思う。


 東郷君を好きな人はもう一人いた。それが、同じクラスの上条 奏さん。彼女は学年一の美少女と名高くて、男子の中では一番人気。性格もサバサバとしてて、私とは対極に位置する存在だと思う。


 私も上条さんみたいな顔だったら、もう少し自信が持てたと思う。ぱっちりとした二重でまつ毛も長い。鼻もとても高くて、顎のラインもシャープで同じ人間とは思えないくらいの美人だ。


 そんな超が何個も付くような女優・モデルレベルの美人が東郷君を狙っているというのだ。焦らないわけがなかった。私は何の取り柄もないし、恋愛において一番重要であろう顔が誰よりも劣っている。こんな人がライバルだなんて勝てるわけがないと思っていた。


 でも、東郷君は上条さんの告白を断って、私に告白をしてくれた。それがとても信じられなくて夢じゃないかと思った。彼の心を掴むという点において私は上条さんに勝ったのだ。完全に雲の上の存在だと思っていた彼女に勝てて正に天を上るような気持ちだった。


 それでもやっぱり不安なものは不安だ。上条さんは積極的な性格だし、東郷君のことを色々と知っている。だからこそ、東郷君が心変わりをしないかと心配なのだ。


 私の人生において唯一良いことがあったとすれば、それは東郷君に好かれたということ。上条さんを振った東郷君の彼女になれたという事実が私の自信に繋がっている。もし、東郷君と別れるようなことがあったら……そんなこと考えたくない。また元の暗い毎日に逆戻りをしてしまう。


 とにかく今は、このバラ色の毎日を楽しもう。今日も学校で東郷君に会える。そう思って、教室の扉を開けたら信じられない光景を目にした。


 東郷君と上条さんが仲良く喋っているのだ。一体どういうこと?


「あ、二宮さんが来た。それじゃあな上条」


「あ、ちょっと待ってよ真人君。使うだけ使っておいて私を捨てるの。ひどい」


 え? どういうこと? 捨てるって何?


「おいおい人聞きの悪いこと言うなよ。見せてくれた礼はきちんとするよ」


 え? 見せるって何? 東郷君は何を見たの?


「真人君だけだよ。見せるのは」


 東郷君にしか見せないの!? え、それってつまり……


「二宮さんおはよう。今日も可愛いね」


 東郷君は変わらない笑顔で私に挨拶をしてくれた。でも、上条さんとの会話は一体何だったんだろう。考えたくないけど、想像すらしたくないけど、東郷君は上条さんと大人の関係って奴なのかな?


 じゃあ、何で私に構うの? そんな関係になるくらい上条さんと深い仲なら、二人で仲良くやっていればいいじゃん。


 嫌な考えが頭の中をぐるぐる回る。東郷君を疑いたくないけど、信じたいけど。私の生まれ付いた自信のなさが悪い思考を引き寄せている。


「どうした? 二宮さん」


「え? ああ。何でもない」


「あ、そうだ。二宮さん。ごめん。今日は用事があるから一緒に帰れないんだ」


 え? いつも一緒に帰っているのにどうして今日に限って一緒に帰ってくれないの?


「真人君は私と一緒に帰るからねー。放課後、カフェでデートするからね」


 上条さんが東郷君の腕を組んで、勝ち誇ったような顔を私に見せた。私はその笑顔を見てとても惨めな気持ちになった。ああ、そっか。私は勘違いしてたんだ。本当は東郷君は上条さんと繋がっていて、私はただ揶揄からかわれただけなんだ。


 そうだよね。東郷君みたいな人がブスで暗くて何の取り柄もない私を好きになってくれるはずがないよね?


 東郷君も本命は上条さんで私はただの遊び相手。告白を断ったっていうのもきっと嘘で本当は二人は付き合っているんだ。


 私は心の中でそう結論づけた。とても悲しい気持ちになった。


 東郷君。どうして、私のことを好きって言ったの? 何で私に可愛いって言ってくれたの? 東郷君がそんなことを言わなかったら、私は東郷君のことを好きにならなかった。そしたら、こんな悲しい気持ちにならなくて済んだのに。


「やめろよ上条」


 東郷君が腕に絡まっている上条さんを振りほどいた。


「二宮さん。これはデートじゃないから。ただ、宿題見せてくれたお礼にこいつにコーヒー奢る約束しただけだから」


 え? デートじゃない?


「なーんだ。すぐにネタばらししちゃうんだ。つまんないのー」


 良かった。デートじゃなかった。大人の関係云々も私の誤解だったみたい。そうだよね。東郷君がそんなことするわけないもんね。疑って本当にごめんね東郷君。


「まあ、今回のデートで私は真人君と距離縮めるつもりだからよろしくね」


 上条さんがすれ違い様に私にそう耳打ちをしてきた。やっぱり不安だよ。上条さん美人だし。


 私は悶々とした気持ちのまま今日一日を過ごした。

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